その動物は、果たして本当に「ペット」なのか。ヒエラコンポリス出土の動物たち
突っ込もうかどうしようか迷ってるうちに日が過ぎてしまったけど、やっぱりおかしいので書いておこうと思う。ちょっと前にナショジオ日本語版に上がっていたこちらの記事。
5000年前の古代エジプトのペット事情が明らかに
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/052700118/
原文はこちら
In Ancient Egypt, Life Wasn’t Easy for Elite Pets
http://news.nationalgeographic.com/2015/05/150525-ancient-egypt-zoo-pets-hierakonpolis-baboons-archaeology/
どちらも「ペット」という単語を使っている。
しかし「ペット」とは通常は、人が飼育する愛玩動物を指す。内容をよく読むと、「ペット」という言葉を使うことは妥当ではないように思われる。おそらくこれは、「犠牲獣」と呼ぶべきものだ。ペットであるからには飼育せねばならないが、今回記事になっている動物たちの骨は、捕獲してから間もなく殺されたことを示しているからだ。
ヒエラコンポリス(ネケン)はエジプト王朝の黎明期にあたる時代の王墓が多く見つかっている場所で、今回記事になっている墓もその中の一つだ。動物崇拝の萌芽というべきか、墓からは様々な動物の遺骸が見つかっている。しかし、これら動物たちは、副葬品の一種である。
記事の中で
と書かれている部分があるが、これは、後に続く
と矛盾する。どちらが正しいのかは言うまでもない。捕まえて数週間で飼い主が都合よく死ぬわけもなく、副葬品として墓に収めるために捕獲してきた、と考えるべきだろう。墓が出来上がれば殺して中に入れる予定なので、捕獲の際に暴れて傷ついても気にしなかったのだ。
だからこれはペットではない。捕まえてからしばらく生かしておいたかもしれないが、野生動物をしばらく捕らえておいたのと同じ扱いである。
遺跡から何かの動物が出てきたとする。それが「飼育」された動物か、野生動物を「捕獲」しただけなのかは、非常に難しく、シビアな問題だ。古い集落の遺跡からたくさんのヤギの骨が出てきたとしても、それが飼育されたヤギなのか、野生ヤギを定期的に捕らえていたのかは判らない。なぜなら、いまだかつて人間に飼育されたことのないシカやゾウであっても、狩猟を行う集落からは大量に骨が出てくるからだ。
ある動物が人間に確実に「飼育」されたと看做されるためには、たとえば骨の形態がその土地の野生のものと明らかに異なることなどが挙げられる。人が飼育すると、獣は大抵、大型化する。しかしこの変化が起きるには何十世代とかかるかもしれない。
飼育に必要な道具、羊であれば毛を刈る専用のハサミ、馬であればハミなどが同時に出土することが指標になるケースもある。
しかし、これらの状況証拠があったとしても、はっきり「飼育された」とわかるのは、継続的な飼育が始まってから一定期間が過ぎてからのことで、最初の頃は区別が付かないのだ。ゾウやカバが出てきたのなら、それが飼育された可能性は非常に低いだろう。ましてや、捕獲の際に負ったと思われるケガを残したまま死んでいるのなら、飼育されたとは到底いえない。飼育されていないものは、ペットと呼んではいけないと思う。しかも目的が「副葬品として殺すため」であるなら尚更に。
まともな考古学者だと、遺跡から出てきた動物の骨が「飼われたもの」か「そうでないか」は、かなり厳密に区別しているように思う。この記事は、インタビュアーがイマイチだったのか、答えた学者さんがうっかりペットと言ってしまったのか、どちらかじゃないかと思う。ていうかそうじゃないと困る。これはペットではない。先王朝時代のエジプトのえらい人はゾウやカバを連れて冥界に行きたがったかもしれないが、愛でて楽しむ趣味はなかったと思う。
5000年前の古代エジプトのペット事情が明らかに
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/052700118/
原文はこちら
In Ancient Egypt, Life Wasn’t Easy for Elite Pets
http://news.nationalgeographic.com/2015/05/150525-ancient-egypt-zoo-pets-hierakonpolis-baboons-archaeology/
どちらも「ペット」という単語を使っている。
しかし「ペット」とは通常は、人が飼育する愛玩動物を指す。内容をよく読むと、「ペット」という言葉を使うことは妥当ではないように思われる。おそらくこれは、「犠牲獣」と呼ぶべきものだ。ペットであるからには飼育せねばならないが、今回記事になっている動物たちの骨は、捕獲してから間もなく殺されたことを示しているからだ。
ヒエラコンポリス(ネケン)はエジプト王朝の黎明期にあたる時代の王墓が多く見つかっている場所で、今回記事になっている墓もその中の一つだ。動物崇拝の萌芽というべきか、墓からは様々な動物の遺骸が見つかっている。しかし、これら動物たちは、副葬品の一種である。
記事の中で
"この動物たちはおそらく、飼い主が死んだ後に生贄として殺されたのだろう。"
と書かれている部分があるが、これは、後に続く
"動物の骨に残った傷には治癒の痕跡があることから、彼らが怪我をした後すぐには殺されず、少なくとも数週間は生かされていたことがわかる。米ミシガン大学ケルシー博物館の考古学者で、エジプトで発掘された古代の動物の骨を研究した経験のあるリチャード・レディング氏によると、動物たちがどの時点で怪我をしたのかは正確にはわからないものの、おそらくは捕まえられる際に暴れたことが原因ではないかという。"
と矛盾する。どちらが正しいのかは言うまでもない。捕まえて数週間で飼い主が都合よく死ぬわけもなく、副葬品として墓に収めるために捕獲してきた、と考えるべきだろう。墓が出来上がれば殺して中に入れる予定なので、捕獲の際に暴れて傷ついても気にしなかったのだ。
だからこれはペットではない。捕まえてからしばらく生かしておいたかもしれないが、野生動物をしばらく捕らえておいたのと同じ扱いである。
遺跡から何かの動物が出てきたとする。それが「飼育」された動物か、野生動物を「捕獲」しただけなのかは、非常に難しく、シビアな問題だ。古い集落の遺跡からたくさんのヤギの骨が出てきたとしても、それが飼育されたヤギなのか、野生ヤギを定期的に捕らえていたのかは判らない。なぜなら、いまだかつて人間に飼育されたことのないシカやゾウであっても、狩猟を行う集落からは大量に骨が出てくるからだ。
ある動物が人間に確実に「飼育」されたと看做されるためには、たとえば骨の形態がその土地の野生のものと明らかに異なることなどが挙げられる。人が飼育すると、獣は大抵、大型化する。しかしこの変化が起きるには何十世代とかかるかもしれない。
飼育に必要な道具、羊であれば毛を刈る専用のハサミ、馬であればハミなどが同時に出土することが指標になるケースもある。
しかし、これらの状況証拠があったとしても、はっきり「飼育された」とわかるのは、継続的な飼育が始まってから一定期間が過ぎてからのことで、最初の頃は区別が付かないのだ。ゾウやカバが出てきたのなら、それが飼育された可能性は非常に低いだろう。ましてや、捕獲の際に負ったと思われるケガを残したまま死んでいるのなら、飼育されたとは到底いえない。飼育されていないものは、ペットと呼んではいけないと思う。しかも目的が「副葬品として殺すため」であるなら尚更に。
まともな考古学者だと、遺跡から出てきた動物の骨が「飼われたもの」か「そうでないか」は、かなり厳密に区別しているように思う。この記事は、インタビュアーがイマイチだったのか、答えた学者さんがうっかりペットと言ってしまったのか、どちらかじゃないかと思う。ていうかそうじゃないと困る。これはペットではない。先王朝時代のエジプトのえらい人はゾウやカバを連れて冥界に行きたがったかもしれないが、愛でて楽しむ趣味はなかったと思う。