メソポタミアとインダスの間、知られざる「湾岸文明」の話

本屋を通りかかったら新刊出てたのでついふらふらっと(以下略)
メソポタミア文明の本、インダス文明の本、というのはあるけど、その中間をメインにした本は珍しいよね。



この本はなかなか着眼点が面白くて、まだ日本ではほとんど紹介されていない、メソポタミア文明とほぼ同時期に興ったアラビア海沿岸の文明に焦点をあてて、その盛衰を追っている。いわば「湾岸文明」というべきもので、メソポタミア文明とインダス文明をリンクさせるものだ。

序文にあるように、「文明」とは孤立した地域でひとりでに発生するものではない。周辺地域との連動、相互の影響によって発達していくものである。地球上で人間があるていどまとまって住んでいた地域はすべて「文明」の萌芽を持ち、ある一定水準までは発達していたはずで、その中からメソポタミアとかインダスとかの名前が知られているかどうかというのは、単純に現代における「知名度」の問題でしかない。

というわけで、メソポタミアとインダスを繋ぐ「湾岸文明」の地図を本から引っ張ってきてみた。地図を見れば分かりやすい。
この本は同じような図がたくさん出てくるのだが、それぞれの「時代」が明確に書かれていなくてちょっと分かりづらいところもある。年代についてはこちらで補足した。


●前3000年代

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原エラム文明(イラン高原)を仲介したラピス・ラズリの道。
因みにこの道はエジプトにも通じており、先王朝時代の墓からラピスラズリが見つかっている。
のちに「ディルムン」や「マガン」が発生するあたりにはまだ国のような政体はなく、集落がある程度。

この時代、のちにディルムンと呼ばれる地域に住んでいた人々については、どこから来たどんな人々だったのか良く分かっていないようだ。メソポタミア様式の土器も使っているが、独自様式のものもある。著者は、銅山の開発のためにイラン高原から送り込まれた労働者たちだったのではないかと推測している。


●前2600年頃

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メソポタミアから見て「マガン」と呼ばれていたあたりのオマーン半島に文明が誕生。
「メルッハ」と呼ばれたインダス文明地域との中継地点として機能する。イラン側はメソポタミアの神話の中で「アラッタ」と呼ばれている国が存在する。

前2000年紀に入るとマガンの文明は衰退し、「ディルムン」へと移転する。


●前2000年代

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衰退したマガンに代わり、ディルムン地域(前3000年代にディルムンと呼ばれていた場所からはややズレている)に文明が誕生。メルッハからの中継地点の機能を引継く。



●前1800年頃

インダス文明の衰退後、ディルムンは交易の中継都市の機能を大幅に失う。
最大顧客であるメソポタミアに東方からの威信財を提供できなくなったからだ。威信財や貴金属と引き換えに手にすることの出来たメソポタミアの豊かな穀物が減ってしまったと考えられる。

またイラン高原についても、この時期は衰退期に入っている。



こうして海を中心とした交易網を見ていくと、メソポタミア~インダスに至る地域の文明が連動しているのが見えてくる。メソポタミアへと輸入されたものは貴金属などモノが残りやすいものだったが、輸出されたものは穀物や織物なので、輸出時には残らない。残っているものは土器など一部のものだけだ。しかし輸入されたものがメソポタミアに現存する以上、そのモノを運んだ道は必ず存在したのだ。



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というわけで、この本はなかなか面白い本だったのだが、ひとつだけ問題点を指摘したい。

章構成が正直いまいちで、第二章に「前3000年紀」とタイトルがついているのに、その後の章のタイトルにはいつの話をしているのか書かれていないのだ。
内容からして、たぶん第三章が「前3000年紀中ほど」、第四章が「前2000年紀」、第五章が「前2000年紀中ほど」に当たっている。つまり内容は基本的に時系列で並んでいる。なのに各章のはじまりに、いつの時代の話をしているか明確に書かれていないため、突然時代が飛んだような感覚に襲われて章の境目を何度も読み返すハメになる(笑)

重版時にはぜひそこは改良していただきたい…。

あと通し年表がなくて分かりづらいなーと思ってたら、まさかの最後のページに出てきたよ!(笑
これ最初に入れるべきだろうなぜ最後に入れたし。

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これ見ると、メソポタミアもインダスも、一人で立ってた文明なんかじゃないことが良く分かりますよね。
ここにメソポタミア北部の東地中海沿岸、アナトリア(小アジア)、エジプトも繋がってきますからね。世界経済なんて最近のものじゃないですよ。人類の歴史は、その始まりから既にワールドワイドだったんですよ。現代との違いはモノ・ヒト・情報の「移動速度」だけです。

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