世界最古級の鉄利用:古代エジプト5千年前の鉄製ビーズを調べてみた。
こないだちょろっとツタンカーメンの副葬品の鉄剣が隕鉄だというニュースが流れていて、古代すげえ! みたいな話になってたけど、エジプトでは先王朝時代から鉄の利用はされてますけぇ…。
ヒッタイトが鉄の利用技術を開発するまで鉄が無かったわけでは無いんだよ。
というわけで、エジプト学の巨匠フリンダース・ピートリが1911年に発見した墓から出土した鉄製ビーズの資料を探してみたら、わりと最近、調査しなおされてる論文を発見した。
5,000 years old Egyptian iron beads made from hammered meteoritic iron
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0305440313002057
冒頭の部分で「ええー」って思ったんだけど、一つ調べて、「ニッケル含有量が多いから多分韻鉄だよねー」で終わってて、最近になるまであまり詳細な調査はしていなかったらしい。そんなもんなのか(笑) まぁエジプトさんの遺物めっちゃ数多いから仕方ないのかな…。
<遺跡の概要>
お題となるのは1911年にフリンダース・ピートリが発掘したゲルゼ(Gerzeh)の墓。
時代はBC.3400-3100年 ナカダⅡ期~Ⅲ期。ナカダ期というのはエジプトが統一されて王朝が始まる以前の時代と思ってくだされ。(※ナタガ期の詳細年表はこれ ただしⅡ期とかⅢ期とかの内訳の細かい年代は、学者さんによって違う。)
277の埋葬穴のある墓地遺跡で、その中でもtomb67とtomb 133が鉄製ビーズの出ている墓となる。tomb67と遺跡全体の詳細は以下のサイトを参照。英語サイトだけど図が在るのでなんとなく分かるはず。
tomb67
http://www.ucl.ac.uk/museums-static/digitalegypt/gerzeh/tomb67/index.html
墓の分布
http://www.ucl.ac.uk/museums-static/digitalegypt/gerzeh/index.html
論文の中に出てくる「Riqqeh地区」というのはこっちのマップを見ると場所がわかる。
http://www.ucl.ac.uk/museums-static/digitalegypt/maps/meydum-tarkhan.html
<お題の鉄製ビーズ>
遺跡からは、9つの鉄の筒状ビーズが見つかっている。
7つはtomb 67
3つが被葬者の腰まわり、3つが首のまわりから見つかっている。ベルトと首飾りだろうか。
首飾りのほうは、ラピスラズリやカーネリアン、金ののビーズと一緒に見つかっていて、要するに鉄は宝石扱い。鉄ビーズを覗いたほかのビーズで再現したものが以下の写真。
残り2つは tomb 133
被葬者の手元に置かれていた。指環か何か?
鉄のビーズは少なかったが、ほかの材料のビーズは豊富な墓だという。
これらは未盗掘の完全密閉状態から見つかっているため、後世の混入である可能性は低い。またナカダ期に特有のアニマル・パレットなどの副葬品と一緒に見つかっているため、このビーズは本当にナカダ期のものである可能性が高い。
<分析の結果>
ビーズの一つは1920年に調査されニッケル 7.5wt%とわかった。(※wt%は「重量パーセント濃度」)…しかし後の検査ではニッケルが得られていないという。
そもそもこれ本当に隕鉄なんだよね? というわけで現代の科学力を結集して頑張って分析したのが今回の論文となる。ただ、細かい専門的な話はよくわからんなりに、錆びてるので成分の分析が難しかったことは分かった。腐食が99.9%以上とのことで、元の鉄が残っていなかったようだ…。
理解出来た部分だけだが、結論を見るに、
2.8~4.1wt%のニッケルを含む
リン0.3%
→典型的な隕鉄の成分
ただしゲルマニウム濃度が低い
→腐食によって失われたものと解釈すれば隕鉄とする結論に反しない
モノが小さいし、腐食で変質しているので成分分析の結果だけだと厳しそう(笑)
ただ、普通に製鉄するとニッケルは入らないので、まあ…妥当なところなのかな。
面白いのが、X線で詳細な図をとってみたら中の穴が不規則で、ドリルによって穴をあけたわけではなさそうだと分かったところか。穴が途中で曲がってる。ということは、これは板状にしてからロールにして作ったビーズなんじゃないか、と言われている。
金ビーズは板金から丸めて作っていたようなので、同じ製法ということだ。
コレは面白いなと。ちっさい板を曲げて折らないように筒状にするのは、相当大変なはずだ。古代のブラックスミス手先器用すぎる。こういうのが真のオーパーツだよ…。
********************
というわけで、古代エジプトでは5000年前から鉄の加工技術は持っていた。
青銅器時代と言われてまるで鉄がなかったみたいに勘違いされてるけど、そうじゃない。
数が少ないのは、
・元になる鉄を作る技術が無く隕鉄のみの利用だった
or
・鉄を作る技術はあったけど多用されるようなものではなかった
・もしくは日常使いしていた鉄製品は腐食して消えてしまったので証拠としてのこってない
というパターンが考えられる。
ちなみに前回も書いたように、鉄を作るのは青銅より簡単である。製鉄に必要な温度は400~800℃。融解させる必要はない。ただ出来るものが耐久性のイマイチ良くない脆い鉄だってだけ。ある程度強度のある実用的な鉄を得るのには青銅と同じ1000℃くらいあればOK。そして材料は銅+錫の青銅より鉄単品のほうが確保しやすい。なので、よく言われる「技術が足りないから鉄器の普及が青銅より遅れた」というのは根拠としては間違っている。
隕鉄の分類は以下の三種類。
・ヘキサヘドライト ニッケル含有量約6%以下
(ただし5%未満のものは非常に少ない)
・オクタヘドライト ニッケル約6~13%
・アタキサイト ニッケル約13%以上
隕鉄は加工しにくいといわれるが、その理由がリンと硫黄の比率で、これらの多く含まれる部分が割れやすくなっているという。リン・硫黄の含有率が0.25%を越えると鍛造の難易度が上がるらしい(産業考古学シリーズ1/金属の文化史)。 成分比率によって加工しにくさが変わるので、隕鉄すべてが加工困難というわけではないことには注意が必要かもしれない。
ヒッタイトが鉄の利用技術を開発するまで鉄が無かったわけでは無いんだよ。
というわけで、エジプト学の巨匠フリンダース・ピートリが1911年に発見した墓から出土した鉄製ビーズの資料を探してみたら、わりと最近、調査しなおされてる論文を発見した。
5,000 years old Egyptian iron beads made from hammered meteoritic iron
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0305440313002057
冒頭の部分で「ええー」って思ったんだけど、一つ調べて、「ニッケル含有量が多いから多分韻鉄だよねー」で終わってて、最近になるまであまり詳細な調査はしていなかったらしい。そんなもんなのか(笑) まぁエジプトさんの遺物めっちゃ数多いから仕方ないのかな…。
<遺跡の概要>
お題となるのは1911年にフリンダース・ピートリが発掘したゲルゼ(Gerzeh)の墓。
時代はBC.3400-3100年 ナカダⅡ期~Ⅲ期。ナカダ期というのはエジプトが統一されて王朝が始まる以前の時代と思ってくだされ。(※ナタガ期の詳細年表はこれ ただしⅡ期とかⅢ期とかの内訳の細かい年代は、学者さんによって違う。)
277の埋葬穴のある墓地遺跡で、その中でもtomb67とtomb 133が鉄製ビーズの出ている墓となる。tomb67と遺跡全体の詳細は以下のサイトを参照。英語サイトだけど図が在るのでなんとなく分かるはず。
tomb67
http://www.ucl.ac.uk/museums-static/digitalegypt/gerzeh/tomb67/index.html
墓の分布
http://www.ucl.ac.uk/museums-static/digitalegypt/gerzeh/index.html
論文の中に出てくる「Riqqeh地区」というのはこっちのマップを見ると場所がわかる。
http://www.ucl.ac.uk/museums-static/digitalegypt/maps/meydum-tarkhan.html
<お題の鉄製ビーズ>
遺跡からは、9つの鉄の筒状ビーズが見つかっている。
7つはtomb 67
3つが被葬者の腰まわり、3つが首のまわりから見つかっている。ベルトと首飾りだろうか。
首飾りのほうは、ラピスラズリやカーネリアン、金ののビーズと一緒に見つかっていて、要するに鉄は宝石扱い。鉄ビーズを覗いたほかのビーズで再現したものが以下の写真。
残り2つは tomb 133
被葬者の手元に置かれていた。指環か何か?
鉄のビーズは少なかったが、ほかの材料のビーズは豊富な墓だという。
これらは未盗掘の完全密閉状態から見つかっているため、後世の混入である可能性は低い。またナカダ期に特有のアニマル・パレットなどの副葬品と一緒に見つかっているため、このビーズは本当にナカダ期のものである可能性が高い。
<分析の結果>
ビーズの一つは1920年に調査されニッケル 7.5wt%とわかった。(※wt%は「重量パーセント濃度」)…しかし後の検査ではニッケルが得られていないという。
そもそもこれ本当に隕鉄なんだよね? というわけで現代の科学力を結集して頑張って分析したのが今回の論文となる。ただ、細かい専門的な話はよくわからんなりに、錆びてるので成分の分析が難しかったことは分かった。腐食が99.9%以上とのことで、元の鉄が残っていなかったようだ…。
理解出来た部分だけだが、結論を見るに、
2.8~4.1wt%のニッケルを含む
リン0.3%
→典型的な隕鉄の成分
ただしゲルマニウム濃度が低い
→腐食によって失われたものと解釈すれば隕鉄とする結論に反しない
モノが小さいし、腐食で変質しているので成分分析の結果だけだと厳しそう(笑)
ただ、普通に製鉄するとニッケルは入らないので、まあ…妥当なところなのかな。
面白いのが、X線で詳細な図をとってみたら中の穴が不規則で、ドリルによって穴をあけたわけではなさそうだと分かったところか。穴が途中で曲がってる。ということは、これは板状にしてからロールにして作ったビーズなんじゃないか、と言われている。
金ビーズは板金から丸めて作っていたようなので、同じ製法ということだ。
コレは面白いなと。ちっさい板を曲げて折らないように筒状にするのは、相当大変なはずだ。古代のブラックスミス手先器用すぎる。こういうのが真のオーパーツだよ…。
********************
というわけで、古代エジプトでは5000年前から鉄の加工技術は持っていた。
青銅器時代と言われてまるで鉄がなかったみたいに勘違いされてるけど、そうじゃない。
数が少ないのは、
・元になる鉄を作る技術が無く隕鉄のみの利用だった
or
・鉄を作る技術はあったけど多用されるようなものではなかった
・もしくは日常使いしていた鉄製品は腐食して消えてしまったので証拠としてのこってない
というパターンが考えられる。
ちなみに前回も書いたように、鉄を作るのは青銅より簡単である。製鉄に必要な温度は400~800℃。融解させる必要はない。ただ出来るものが耐久性のイマイチ良くない脆い鉄だってだけ。ある程度強度のある実用的な鉄を得るのには青銅と同じ1000℃くらいあればOK。そして材料は銅+錫の青銅より鉄単品のほうが確保しやすい。なので、よく言われる「技術が足りないから鉄器の普及が青銅より遅れた」というのは根拠としては間違っている。
隕鉄の分類は以下の三種類。
・ヘキサヘドライト ニッケル含有量約6%以下
(ただし5%未満のものは非常に少ない)
・オクタヘドライト ニッケル約6~13%
・アタキサイト ニッケル約13%以上
隕鉄は加工しにくいといわれるが、その理由がリンと硫黄の比率で、これらの多く含まれる部分が割れやすくなっているという。リン・硫黄の含有率が0.25%を越えると鍛造の難易度が上がるらしい(産業考古学シリーズ1/金属の文化史)。 成分比率によって加工しにくさが変わるので、隕鉄すべてが加工困難というわけではないことには注意が必要かもしれない。