犬の起源はニ系統?(※現時点での暫定結果) やっぱりまた来た次の結果。

犬の起源はヨーロッパとアジアで別々、という研究結果が発表されました。サマリー記事は以下。

Dogs may have been domesticated more than once
http://www.sciencemag.org/news/2016/06/dogs-may-have-been-domesticated-more-once

元論文はこれ。

Genomic and archaeological evidence suggest a dual origin of domestic dogs
http://science.sciencemag.org/content/352/6290/1228

日本語記事ではこれ、ただし記事の内容はちょっと…うん。どうしてこうなった。ギズモードはいい加減、記事を書くのにそれなりに理解出来る人を雇ったほうがいい…。内容の補足は後述。

犬の起源に関するわれわれの認識は間違っていたようだ
http://www.msn.com/ja-jp/news/techandscience/%E7%8A%AC%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%AE%E8%AA%8D%E8%AD%98%E3%81%AF%E9%96%93%E9%81%95%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%A0/ar-BBtS7Nn#page=2


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<ここまでのおさらい>

去年書いたこちらの記事をまず参考に。

犬と歩く1万年の旅 in JAPAN
https://55096962.seesaa.net/article/201512article_23.html

 ・日本で犬が飼われた証拠が出てくるのは1万年くらい前
 ・かつての"定説"では犬の起源は中東あたりで1万5千年くらい
 ・しかし昨年、以下のような論文が発表された

イヌ家畜化の起源は中国、初の全ゲノム比較より
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/122100372/


→この時に私が予想した「早ければ数ヶ月、遅くても数年以内に覆す研究結果が出る」というのが今回の論文です。

べつにこのジャンルの専門家ではないし進行中の研究なんて知れる立場にはないけれど、今までの研究史の流れからは自明。書いたとおり、「中国で3万年前に飼い慣らされた!」という研究は、現代に生きている犬のDNAを解析していて、既に絶滅した多くの犬種が入っていないのです。現代に存在する犬のDNA解析をどれだけ頑張っても、起源とか飼い慣らされた経緯とかはわかりません。 なので、犬の飼い慣らされた起源地を知りたければ古代の犬の骨から調べるしかない、と書きました。

そこんところ、今回の研究はまさに古代の犬のDNA解析で出してきているので内容的に妥当。ただ、この調査で分かるのは「ヨーロッパの古代の犬のDNAが現代アジアの犬のDNAと全然違うんだけど…起源地が違うんじゃないの」というところまでなので、たとえばアフリカの古代の犬のDNAを調べることが出来たら、起源地がもういっこ増える可能性もあります。

今回の研究も、「結論」ではなく、答えにたどり着くまでの中間地点。これ大事なので覚えといてください。
…前回同様、たぶん、また数年以内に"次"の結論が発表されますので。


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というわけで前置きだいぶ長くなりましたが本題ですお。

おさらいに書いたように、今回DNA解析された中で大きな意味を持つのはアイルランドの東海岸、ニューグレンジのサッカー場から出土した4,800年前の犬の骨(内耳の骨)。
そこから採取したサンプルで核DNAのほぼ完全なゲノムを解読できたことから、他の古代犬の断片的なDNAと合わせて、詳細な系統樹を再現できたようです。

4,800年前の骨から核DNAが取り出せるとか、一昔前だと信じられないレベルだったんですけどね…。ちなみに核DNAっていう部分がとても大事。DNAと遺伝子は違うって話は前に書いたとおり。

で、それによると、現代の犬との大きな差異が見つかり、おそらくアジアとは別にヨーロッパでも飼い慣らされていたのだろうという結論に至るようです。

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・東西の犬の遺伝子の分裂は6,400年~14,000年前以前で発生している
・アジアで犬を飼い慣らしたのは14,000年以上前と考えられる
・ヨーロッパ側で犬の数が極端に減った時期があり、その後、アジア側から犬が渡ってきて混血した
・そのためヨーロッパ側で飼い慣らされた犬の遺伝子は現代の犬を調べてもほとんど出てこない


で、ギズモードの記事で間違えてるのは、「2ヶ所同時に家畜化が起こり(約6,400年前)」の部分。同時ではないし、6,400問前でもないです。ていうか1万5千年前の犬の骨はどうした。もしかして「家畜化」の意味を理解していないのか。
人間が家畜化して発生した新種が、いわゆる「イヌ」です。 そこからもう一回野生化したものが野犬。よって「イヌ」という種族が発生するのは、家畜化過程が完全に完了した時点でございます。ちなみにネコも同じ、種族名・ネコ科動物という意味でネコって言葉は使うけど、種族としてネコの起源を追う場合は家畜化されたイエネコのことを指します。ヤマネコとイエネコは別モノ。


アジアからの遺伝子の流入が6,400年~14,000年の間のいつか、なので、14,000年前には飼い慣らしていたことになります。遺伝子が交じり合ったのが正確にいつなのかは、まぁわかりませんね。ジャストでその時代のDNAが残ってれば話は別ですけど…。

もう一つ「ディンゴはアジアの犬の系統だから~」みたいな蛇足が末尾についてるのも認識誤り。だからね。絶滅してもういなくなった犬種が一杯あるんだって…。そのために古代犬の骨を調べているのよ。現代の犬の遺伝子分布と、かつて存在した犬たちの遺伝子分布は別で、現代の犬を調べても絶滅した種類の痕跡はほぼ出てこないからね? 

あとギズモードでトリミングされている図の元のやつはこれ。1万年以上前の犬の骨がカムチャッカからも見つかっていることに驚く。

画像



14,000年以上前にアジアでも飼い慣らされていた、という結果が出たことで、いちおう、中国さんの主張する「3万年前にウチが飼い慣らしたのが最初だ」という論文とは矛盾しないことになり、しかもヨーロッパではいまのところ16,000年前の犬の骨が最古のようなので両立できるっちゃ出来るんですが、私自身は「3年前前はねーだろ」と思ってます。理由は、現代の犬の遺伝子解析しかしていないから。それたぶん、祖先になった狼の原種が成立した時代を誤認してるだけだと思うんだけど。

あと、以前の記事に書いたように3万年前に既に東アジアで飼い犬が成立していたのなら、日本や近隣のアジア諸国に伝わるのが1万年前ってことは考えにくいです。痕跡が見つかっていないだけかもしれないけれど…。14,000年前にチベットあたり→12,000年前に東アジアに広まる→10,000年前に日本 くらいのタイムスケジュールなら頷けるんだけどね。

ついでに、中国さんの出してきた論文では"中国が起源"と書いてあったけれど、こっちの論文内では"アジア"になってます。まあどっちが正しいかというとアジアのほうが正しい。1万年前にしろ3万年前にしろ、その当時には中国なんて国はないんで地域名で呼ぶのが妥当。…細かいけれど、こういうところで書き手への信頼性が変わります…。



考古学×遺伝学で盛り上がっているこの研究、さて、次の発表はいつですかね。
アジア→ヨーロッパときたので、次は久し振りに中東起源説の学者さんが何か出してくるんじゃないかなとか期待。


<めも わからんかった単語>

CRS =セレウリド合成酵素(CRS)遺伝子

CCR = Cross Coalescence rate(?)
部位特異的組み換え酵素(cassette chromosome recombinase;ccr)というのもあるらしいが…

MSMC =ultiple sequentially Markovian coalescent
複数のゲノム配列から集団の大きさと遺伝子拡散をソフトウェアを使って割り出す方法

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