海を渡る人類、史上最初に南アメリカに到達した人々の話をしたい

南北アメリカ、のちにヨーロッパ人によって「新大陸」と呼ばれることになるその大陸には、はるかな昔から住んでいた人々がいた。これは今更言うまでもない話だと思う。人類の到達は一万年以上前。「新大陸」という名称は、一万年を暮らしてきた人々を知らなかったヨーロッパ視点での名称に過ぎない。

だが、この「先住民」たちがいつやって来たのかについては、今になっても良く分かっていない。
ひと昔前には、氷河期にベーリング海峡が凍りつき、ユーラシア大陸とアラスカが繋がっていた時期に陸路で渡ってきたのだろう、と考えられていた。しかし、最近になってチリ中部のモンテベルデ遺跡で、1万5千年近く前に既に人類がそこまで到達していたという証拠が発見された。(最近の研究では、2万年前まで遡るとされる説も出てきている) これは、想定されていたよりもずっと早い時期である。

Monte Verde
https://en.wikipedia.org/wiki/Monte_Verde


なぜ年代が問題になるのかというと、

 ・以前の想定では、氷河期の終わりに氷の早く溶けた内陸部から人が住み始めたと考えられていた。

 ・しかし1万5千年も前となると、陸地は全て凍りついていた可能性が高い

 ・凍りついた大地の上では食べ物が得られないのでは?

 ・行く手にひたすら凍りついた大地の広がる場所に敢えて入植しようとはしなかったのでは?

ということ。

氷が溶けかけていれば、そのスキマを縫って新天地へ移住していくことが起こりえたかもしれないが、ガチで凍り付いていて行く手にひたすら真っ白な大地が続く場所に人類が拡散していくのは難しそうなのだ。

でも、それでも新天地へ旅立った人たちがいた。
じゃあ彼らはどうやってやって来たのか。そうして新しく考えられたのが、「海路で来た説」である。

リンクに貼ったURL先にある図のとおり、モンテベルデは幸いにして海沿いの遺跡だ。(厳密にいうと、氷河期には今より内陸だったはずだが…) 凍り付いていない海なら魚や昆布で食料も確保できるし、豊かな魚群を追って移住していくのも理解できるのでは、というのだ。

ちなみに、この海路移住説では、舟で日本に渡ってきた古代の海洋民族の存在も参考にされている。過去にナショジオの特集で触れられたこともある。

http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20141219/429328/

古代人の中には、意外と海が得意な人々もいたのかもしれない。


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さて、実はここまでは前置きである。(長いけど)


上記モンテベルデ遺跡に暮らしていた1万5千年、もしくは2万年前の人々の移住経路を証明したいと考えた場合、どうすればいいだろうか?

一つは、モンテベルデ以外の、同時代かそれ以前のチリ以北の遺跡を探すことである。海岸線沿いに探して、同じような遺跡が海岸沿いにいくつも残っていれば、なるほど海岸沿いに移住してきたのだなということが証明できるだろう。

しかし、氷河期の終わりと現在では海岸線も大きく変わっているし、そもそもチリは地震・津波が定期的にコンボで来る国である。海岸沿いの遺跡などは消滅している可能性が高いだろう。あっても海の底である。これがモンテベルデに移住してきた人々が何者であったのかを分かりづらくしている原因でもある。

…ある学者が、こう考えたとする。

 「ベーリング海峡からモンテベルデまで海岸沿いに葦舟で航海してみれば、彼らの足取りが分かるのではないだろうか。」

丸太舟でなかったのは、氷河期のシベリアには大きな木が生えていなかったはずで、丸太を切り出せるような石器は当時の人類は持ち合わせていなかったはずと考えたらである。葦を選んだ理由は良く分からないが、消去法だろうか。

かくて舟は1万5千年の時を越えて現代の海へと滑り出す。そしてハリケーンや荒天をやり過ごし、無事にモンテベルデに辿り着くのだった…。




さて、これでモンテベルデの人々が海路で移住してきたことが証明できるだろうか?
答えはNOだろう。



まず、現代の海は氷河期の海とは全く違う。地形は大きく異なるし、そもそも海流も違うはずだ。違う海を航海しても証拠にはならない。次に、海路で移住したのが確かだったとしても、移住に使われた舟がどんなものだったのか全く分からない。分からないものは"再現"できないから、空想で作るしかない。

空想で作られた現代の船、現代の気象観測の技術と地理の知識を使っての航海、…目的地に辿り着くことはそりゃできるだろうが、それは古代人の辿った道とは同じではないはずである。



察しのいい人はなんとなく分かってくれたかと思う。
そう、この「それじゃ証明になってないでしょ…」というまさにその実験を、日本でやっている人たちがいるのである。(!)

http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2016_0707.html

この記事を読んだだけでも分かるが、証拠がないから「空想」に「空想」を重ねての旅立ちとなっている。時代も"3万年前"と、モンテベルデ遺跡よりはるかに古く、現在と全く地形が異なっていたことは明らか。海流ですら空想なので、もはや何を検証しているのかさっぱり分からない。自分たちの思い込みで組み立てたストーリーをなぞって演劇をやっているようなものだ。

さらに悪いことに、3万年前に生きた人々を"日本人の祖先"と言ってしまっている。
モンテベルデ遺跡はチリにある。しかしそこに暮らした人々を「チリ人の祖先」とは言わないだろう。もし3万年前の沖縄あたりに住んでいた人々を日本人の祖先だというのなら、1万5千年前のモンテベルデ人は「チリ人の祖先であり、ナスカ文明の祖であり、インカ帝国の祖先でもある」とか言えてしまう。(笑) 無茶苦茶だ。

200万年前の人類の祖先の骨がエチオピアで見つかったとして、「エチオピア人は全人類の中で最も古い」などと言えはしない。10万年前のホモ・サピエンスがシベリアで見つかったからといって、「ロシア人は10万年前からこの地に住んでいたのだ」などと言ったらみんな笑うだろう。よそ様に置き換えてみると、この無茶苦茶ぶりが少しは見えてくるんじゃないかと思う。
どうして現代の日本の領内にある3万年前の骨を指して「日本人」だなどと恥ずかしげもなく言えるのか、私には理解出来ない。


幸いなことに、モンテベルデに暮らした人々をチリ人の祖先だという意見は今のところ見たことがないし、ベーリング海峡を航海すれば人類の新大陸への移住の実体が分かるなどと言い出す人もいなさそうだ。証拠は海の底にあって、なかなか見つからないかもしれない。それでも、"世界の果て"に最初に辿り着いた人々の研究のほうは、"妥当な"方法での検証がなされてほしいと思う。

いや、てか、日本みたいなこんな遅れてきたトール・ヘイエルダールみたいな方法ドヤ顔で持ち出すとこは、そうそうないと思いますけどw


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「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」に感じる違和感。誰かこれにツッコんだ?
https://55096962.seesaa.net/article/201602article_17.html

漂流を始めた「三万年前の航海 徹底再現プロジェクト」―考古学が学問モドキに成り下がる時
https://55096962.seesaa.net/article/201605article_9.html


私なんぞは業界と関係ない人なので笑って見てますけど、わりとヤバい状況なんですよこれ。
これやってる人たちは、「なぜイカダではなく葦舟なのか」も「現代の海と古代の海の条件の差異をどう考慮したか」もマトモに答えられない。

証拠はないけどこうだったに違いない! って前提で空想に空想を重ねるのはオカルトの手法だ。本職の学者がそれをやっちゃったらもう、オカルト領域を笑えない。オカルトと本職の違いは、空想の範囲を常識内に絞るかどうかではなく理論と証拠の積み重ねだったはずなのに。

これがまかりとおるんなら、ピラミッドは未知の道具で作られたって言っても通りますよ。「知られている道具だけで作れた"はずはない"」って言い張って、その道具使って実際に作って見せれば証明したことになるんでしょ。でもそれはおかしいんでしょ? 何故でしたっけ? ってことです。

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