アメンエムハト3世はカラスを伝書鳩代わりに使っていた? 伝承の出所を調べてみた
発端→翻訳ブログにこんな記事があった
古代史からわかる10の愛された動物たちの歴史
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52221996.html
ここの2番目に「2. アメンエムハト三世のカラス」という項目がある。
いや、そんな話 知らねぇですけど
知らぬのにあるなら知らねばならぬ、それがエジプトマニアの心意気。というわけで! 調べてみた!
************************
【0】 前提/エジプト本にはこんな話は出てこない。
人より色々読んではいるけど全く見た覚えがない。全くかすりもしない。「カラス」でひっかかるのは、古王国時代に作られたギザのピラミッドの周壁が「カラスの壁」と呼ばれていた、という話くらい。
【1】 記事にある「クラウディウス・アエリアヌス」をググる
ギリシャローマあたりの著述家はあまり手を出していないので良く分からない。
とりあえずググったらWikipediaの記事がHIT。これでとりあえず名前のづつりは判明。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%82%B9
代表著作物は「動物の特性について」と「ギリシア奇談集」ということも分かった。カラスの話が載ってるとすればどう考えても前者なので、そっちを探すことにする。どうやら和訳はなさそうなので英語で。
【2】 Characteristics of Animals の中身を検索
この人はギリシャ語で本を書いているらしい。
英訳(対訳なので左側は古代ギリシャ語だ)を見つけたので、さっそく中身を探していく…あった。
https://archive.org/stream/L448AelianCharacteristicsOfAnimalsII611/L448-Aelian%20Characteristics%20of%20Animals%20II%3A6-11#page/n12/mode/1up/search/crow
…以上、である。
(ちなみに”マレス”という名前なのは、古代エジプト語のファラオの名前は正しく伝承されず、ギリシャ語なまりに変換されてしまっているから。ジェセル王がゾサーになってたり、アメンエムハトがアメノフィスになってたりする。)
記述はとても短い。
読んでみてお分かりいただけるだろう、これは 後世の伝承 なのだ。
まぁ、、伝承でも正しいことはあるんだけど、、、アメンエムハト3世の生きた時代は中王国時代、第12王朝。紀元前1800年くらい。アイリアノスの生きた紀元後3世紀とは2000年ほども離れているわけで、そんなペットのカラスの話が正しく伝承されるわけもないんである。何しろもうヒエログリフも使われなくなってる時代だしね?(´・ω・`)
そして…あることに気が付いてしまった…
この短い原文には、どこにもハトやボーダーコリーがでてこねぇ
翻訳ブログの記事↓
??? これどっから出てきたん?
さらにググってみる…
【3】翻訳元の記事を見つける
10 Beloved Animals From Ancient History
http://mentalfloss.com/article/82613/10-beloved-animals-ancient-history
どっかのニュースメディアに繋がった。アメリカの企業らしい。へぇ。
見てのとおり完全にテキストは一緒、ただ翻訳しただけ。こんなんでブログに貼ったアフィからの儲けが手に入るのかーすごいなー(棒)
で、問題の「ハト」やら「ボーダーコリー」やらは、この記事に書かれていた内容だった。
つまり
元記事が一次資料にない尾ひれをつける
↓
日本語の翻訳ブログが尾ひれをそのまんま翻訳する
という流れで、違和感バリバリのボーダーコリーなんかが挿入されちゃったわけなのだ。(笑)
古代エジプトにコリーはいないし、伝書鳩も使ってないから…。エジプト人、ハトは食べちゃうから…。
【結論】
アメンエムハト3世のカラスは、たぶん居なかった
おそらく、当時のエジプト人が「カラスの墓」と呼ぶ何らかの遺跡は存在して、その遺跡にそれっぽい由緒を与えようとして作られたのがこの伝承なのだろう。
***************
アメンエムハト3世がファイユームに神殿を築いたことは事実。ファイユーム地方は、中王国時代に大規模な灌漑が行われ、エジプト随一の穀倉地帯となった。しかし、"カラスの墓"やカラスのミイラは発見されていない。また、彼が特別にカラスに思いいれを持っていたという"歴史的な"証拠は、自分の探せる範囲の資料では見つからなかった。
その記述が存在するのは、後世の伝承の中――2000年後の外国人が伝え聞いて書いた本の中だけなのだ。
ということは、現時点では、この伝承は信憑性が低いものと判断するのが妥当だろうなって思います。将来なんか発見されないとも限らないので、絶対ない! とは言い切れないけれどもね。
古代史からわかる10の愛された動物たちの歴史
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52221996.html
ここの2番目に「2. アメンエムハト三世のカラス」という項目がある。
いや、そんな話 知らねぇですけど
知らぬのにあるなら知らねばならぬ、それがエジプトマニアの心意気。というわけで! 調べてみた!
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【0】 前提/エジプト本にはこんな話は出てこない。
人より色々読んではいるけど全く見た覚えがない。全くかすりもしない。「カラス」でひっかかるのは、古王国時代に作られたギザのピラミッドの周壁が「カラスの壁」と呼ばれていた、という話くらい。
【1】 記事にある「クラウディウス・アエリアヌス」をググる
ギリシャローマあたりの著述家はあまり手を出していないので良く分からない。
とりあえずググったらWikipediaの記事がHIT。これでとりあえず名前のづつりは判明。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%82%B9
代表著作物は「動物の特性について」と「ギリシア奇談集」ということも分かった。カラスの話が載ってるとすればどう考えても前者なので、そっちを探すことにする。どうやら和訳はなさそうなので英語で。
【2】 Characteristics of Animals の中身を検索
この人はギリシャ語で本を書いているらしい。
英訳(対訳なので左側は古代ギリシャ語だ)を見つけたので、さっそく中身を探していく…あった。
https://archive.org/stream/L448AelianCharacteristicsOfAnimalsII611/L448-Aelian%20Characteristics%20of%20Animals%20II%3A6-11#page/n12/mode/1up/search/crow
…以上、である。
"マレス湖(ファイユームにある大きな湖のこと、現在名=モエリス)の近くにカラス王と呼ばれたマレス王(アメンエムハト3世)の作ったカラスの墓というものがある。エジプト人はそれにこのような理由を与えた: マレス王は賢いカラスを飼ってた。このカラスは王の望む場所にどこへでもメッセージを運んだという。"
(ちなみに”マレス”という名前なのは、古代エジプト語のファラオの名前は正しく伝承されず、ギリシャ語なまりに変換されてしまっているから。ジェセル王がゾサーになってたり、アメンエムハトがアメノフィスになってたりする。)
記述はとても短い。
読んでみてお分かりいただけるだろう、これは 後世の伝承 なのだ。
まぁ、、伝承でも正しいことはあるんだけど、、、アメンエムハト3世の生きた時代は中王国時代、第12王朝。紀元前1800年くらい。アイリアノスの生きた紀元後3世紀とは2000年ほども離れているわけで、そんなペットのカラスの話が正しく伝承されるわけもないんである。何しろもうヒエログリフも使われなくなってる時代だしね?(´・ω・`)
そして…あることに気が付いてしまった…
この短い原文には、どこにもハトやボーダーコリーがでてこねぇ
翻訳ブログの記事↓
アメンエムハト三世はカラスを飼い慣らして、ボーダーコリーの知性と伝書鳩の確実性を備えた伝令役として訓練したという。
??? これどっから出てきたん?
さらにググってみる…
【3】翻訳元の記事を見つける
10 Beloved Animals From Ancient History
http://mentalfloss.com/article/82613/10-beloved-animals-ancient-history
どっかのニュースメディアに繋がった。アメリカの企業らしい。へぇ。
見てのとおり完全にテキストは一緒、ただ翻訳しただけ。こんなんでブログに貼ったアフィからの儲けが手に入るのかーすごいなー(棒)
で、問題の「ハト」やら「ボーダーコリー」やらは、この記事に書かれていた内容だった。
つまり
元記事が一次資料にない尾ひれをつける
↓
日本語の翻訳ブログが尾ひれをそのまんま翻訳する
という流れで、違和感バリバリのボーダーコリーなんかが挿入されちゃったわけなのだ。(笑)
古代エジプトにコリーはいないし、伝書鳩も使ってないから…。エジプト人、ハトは食べちゃうから…。
【結論】
アメンエムハト3世のカラスは、たぶん居なかった
おそらく、当時のエジプト人が「カラスの墓」と呼ぶ何らかの遺跡は存在して、その遺跡にそれっぽい由緒を与えようとして作られたのがこの伝承なのだろう。
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アメンエムハト3世がファイユームに神殿を築いたことは事実。ファイユーム地方は、中王国時代に大規模な灌漑が行われ、エジプト随一の穀倉地帯となった。しかし、"カラスの墓"やカラスのミイラは発見されていない。また、彼が特別にカラスに思いいれを持っていたという"歴史的な"証拠は、自分の探せる範囲の資料では見つからなかった。
その記述が存在するのは、後世の伝承の中――2000年後の外国人が伝え聞いて書いた本の中だけなのだ。
ということは、現時点では、この伝承は信憑性が低いものと判断するのが妥当だろうなって思います。将来なんか発見されないとも限らないので、絶対ない! とは言い切れないけれどもね。