ヨクワカランので読んでみたけど研究者も良く分かってないらしい。「中米の初期文明オルメカ」
オルメカというのは、マヤやアステカに先行する中米の古代の文明(より正確には文化/伝統)のこと。
巨大な生首みたいな石像がキャッチーな扉絵に使われることが多い。
オルメカについての資料がほとんどなく、よく分からんので一冊読んでみたのだが、…結論として まだ研究中なのでよくわからんことしかない という状態で、遺跡名の羅列と年代と遺跡の概要くらいしか見るところが無かった…かな…(´・ω・`) 冒頭に「本書がきわめて断片的な叙述の連続になっているのではないかとの器具の念はあるが」と書かれているのだが、危惧じゃなくて現実ですね…。
この本、もしかしたら書くべきことの「ワク」を決めてから中身を埋め始めたんじゃないかと思う。
項目は立派で、抜け漏れなく叙述しようとした形跡はある。しかし中身が追いつかないので、各項目が「~とされるが、よく分かっていない」「~と~と~が知られている。(結論なし)」「~かもしれない」と、ひたすら歯切れの悪い状態で終わることになってしまったのではないかと思う。情報の少ない文化について述べるときにそれは悪手で、分かってること中心にまず土台をつくらないと話として成り立たない。
結局、この本は何が言いたかったのかがサッパリ分からないまま、同じような内容をひたすら繰り返すだけになってしまっていた。とりあえず最後の第七章の10ページくらいを読めば、知りたいことの8割くらいは得られる。ていうかぶっちゃけ、現時点でのオルメカの位置づけが、その後に始まる「マヤ」や「アステカ」との関連でしか語れない状態なので、書くのなら初めから後継文化のどこがオルメカからの継承なのか、という点に絞ったほうが良かったような気がする。
あと引用文献に自分の論文多すぎ、ちょっと偏りすぎじゃないかという気がした。そもそもオルメカの研究者が少ないのかもしれないが、果たして本当に公平な視点になっているのかとちょっと心配になった。
とりあえず分かったこと
・オルメカ様式は後発のマヤやアステカなどに比べると図式が具体的。
時代が進むにつれて硬度に図式化されていく
(おそらく、文字の使用が開始されるのと連動して図が抽象的になっていくんだと思う)
・ジャガーを強く神聖視している
王権と洞窟の繋がりを示す神話があったかもしれない
・石像は原石の大枠の形を残したまま掘り込まれることが多い
…あたりかな。
本のタイトルは「文明」だけど、そもそもオルメカは「文明」の名を冠するモノじゃないと思う。
マヤ「文明」とかアステカ「文明」とか言うけど、マヤとかアステカとかいうのは実体としては「メソアメリカ文明圏」の中の文化様式の一部なんだ。同じようにインカとかシカンとかシパンとかが「アンデス文明圏」の一部と分類できる。文明って一つの様式単体でそう呼ぶものじゃなくて、一定の範囲・時代に連続して発生する関連した文化の集合体だと思う。
なので、世界のほかの地域と合わせるなら、オルメカは文明ではなく「文化」。本の中でもマヤ様式とオネメカ養子が~とか書かれてて、類似する文化の一つとしか扱われていないのに、文明と読んでて書いてる人は違和感ないのかな? と疑問に思った。
細かいところでは、オアハカの遺跡から出ている大量の鉄鉱石の使い道。「磨いて鏡のようにして使ったはず」は、さすがにもうちょっと考えようよ…と思った。鉄鉱石だよ…火に放り込めば不純物満載でも溶けはするんだよ…。400度あれば精錬できる金属なんだよ、その時代の壷の燃焼温度は推定何度?
南米には鉄器はなかった! というのが定説になっているから精錬したはずがないと思い込んでいるんだろうと思う。鉄器は出ていないじゃないかとも言うと思う。が、純度の低い初歩的な鉄器くらいは「もしかしたら」あったかもしれない、くらいの気持ちでやんないと、存在するものも見えなくなるんじゃないかね。そもそも鉄は錆びやすくて、金のように残らない物質だし。鉄鉱石を金属として扱っていながら熱加工を考えない、という状況は、さすがに不自然すぎる。
得るものがないわけではなかったが、全般的に、古典期マヤの話をしたいのかオルメカの話をしたいのかが分からないのはマイナス大。メソアメリカの古典時代をまとめて読み対比とにはいいかもしれないが、オルメカ単体の実体を知りたい場合にはかえってわけわからんくなる本だなと思った。
巨大な生首みたいな石像がキャッチーな扉絵に使われることが多い。
オルメカについての資料がほとんどなく、よく分からんので一冊読んでみたのだが、…結論として まだ研究中なのでよくわからんことしかない という状態で、遺跡名の羅列と年代と遺跡の概要くらいしか見るところが無かった…かな…(´・ω・`) 冒頭に「本書がきわめて断片的な叙述の連続になっているのではないかとの器具の念はあるが」と書かれているのだが、危惧じゃなくて現実ですね…。
この本、もしかしたら書くべきことの「ワク」を決めてから中身を埋め始めたんじゃないかと思う。
項目は立派で、抜け漏れなく叙述しようとした形跡はある。しかし中身が追いつかないので、各項目が「~とされるが、よく分かっていない」「~と~と~が知られている。(結論なし)」「~かもしれない」と、ひたすら歯切れの悪い状態で終わることになってしまったのではないかと思う。情報の少ない文化について述べるときにそれは悪手で、分かってること中心にまず土台をつくらないと話として成り立たない。
結局、この本は何が言いたかったのかがサッパリ分からないまま、同じような内容をひたすら繰り返すだけになってしまっていた。とりあえず最後の第七章の10ページくらいを読めば、知りたいことの8割くらいは得られる。ていうかぶっちゃけ、現時点でのオルメカの位置づけが、その後に始まる「マヤ」や「アステカ」との関連でしか語れない状態なので、書くのなら初めから後継文化のどこがオルメカからの継承なのか、という点に絞ったほうが良かったような気がする。
あと引用文献に自分の論文多すぎ、ちょっと偏りすぎじゃないかという気がした。そもそもオルメカの研究者が少ないのかもしれないが、果たして本当に公平な視点になっているのかとちょっと心配になった。
とりあえず分かったこと
・オルメカ様式は後発のマヤやアステカなどに比べると図式が具体的。
時代が進むにつれて硬度に図式化されていく
(おそらく、文字の使用が開始されるのと連動して図が抽象的になっていくんだと思う)
・ジャガーを強く神聖視している
王権と洞窟の繋がりを示す神話があったかもしれない
・石像は原石の大枠の形を残したまま掘り込まれることが多い
…あたりかな。
本のタイトルは「文明」だけど、そもそもオルメカは「文明」の名を冠するモノじゃないと思う。
マヤ「文明」とかアステカ「文明」とか言うけど、マヤとかアステカとかいうのは実体としては「メソアメリカ文明圏」の中の文化様式の一部なんだ。同じようにインカとかシカンとかシパンとかが「アンデス文明圏」の一部と分類できる。文明って一つの様式単体でそう呼ぶものじゃなくて、一定の範囲・時代に連続して発生する関連した文化の集合体だと思う。
なので、世界のほかの地域と合わせるなら、オルメカは文明ではなく「文化」。本の中でもマヤ様式とオネメカ養子が~とか書かれてて、類似する文化の一つとしか扱われていないのに、文明と読んでて書いてる人は違和感ないのかな? と疑問に思った。
細かいところでは、オアハカの遺跡から出ている大量の鉄鉱石の使い道。「磨いて鏡のようにして使ったはず」は、さすがにもうちょっと考えようよ…と思った。鉄鉱石だよ…火に放り込めば不純物満載でも溶けはするんだよ…。400度あれば精錬できる金属なんだよ、その時代の壷の燃焼温度は推定何度?
南米には鉄器はなかった! というのが定説になっているから精錬したはずがないと思い込んでいるんだろうと思う。鉄器は出ていないじゃないかとも言うと思う。が、純度の低い初歩的な鉄器くらいは「もしかしたら」あったかもしれない、くらいの気持ちでやんないと、存在するものも見えなくなるんじゃないかね。そもそも鉄は錆びやすくて、金のように残らない物質だし。鉄鉱石を金属として扱っていながら熱加工を考えない、という状況は、さすがに不自然すぎる。
得るものがないわけではなかったが、全般的に、古典期マヤの話をしたいのかオルメカの話をしたいのかが分からないのはマイナス大。メソアメリカの古典時代をまとめて読み対比とにはいいかもしれないが、オルメカ単体の実体を知りたい場合にはかえってわけわからんくなる本だなと思った。

