モーセが実在した歴史人物だと思ってる人が多くてビックリしている
最近「え??!」って思ったのが、聖書に出てくる預言者が実在人物だと思ってる人が意外と多いってこと。いやマジ、かなりびっくりした。マジかよ、って。イエスと弟子たちについては、その時代の複数の記録があるので、実体はともかく、存在はしたと言っていいと思う。が、モーセあたりになると、「本当に実在したのか」の証拠は全く無い。何か元ネタになる人物/出来事はあったかもしれないが、書かれてるままの人物だった可能性は限りなくゼロに近い。
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★実在性の証明が微妙なケースの例★
・伝説の元ネタになった人物が分かっているが伝説の内容と大きく食い違う
元ネタが誇張されていく過程で史実とは離れてしまうというパターン。この場合、実在人物と神話伝承上の人物は別モノとして扱われることが多い。史実では村娘だったものが伝説では女神の使いになったり、盗賊まがいの傭兵団長が王の血縁の英雄になったりする。
例)オルランドゥ/ロラン
・後世に書かれた伝承にのみ登場する
伝説の中では語られているものの実在した証拠が一切なく、元ネタとなる人物がいたのかさえ分からない場合。
のちに元ネタが判明しても、別人の伝説の名前だけ変えたとか、複数の人数の伝説を合体させたというケースも多々あり、実在人物としては扱わないのが普通。
例)モーセ、アーサー王
・神話伝承の登場人物だがその人物の生きたとされる同時代または近い時代の記録がある
この場合は逆に、実在した可能性が高いと看做されることが多い。ただし実在した人物と伝承の内容が全然違う、ということは多々ある。実在人物が神話伝承になる場合は、時代が進むにつれて尾ひれがついて性格が変わっていくことにも注意。あまりにも実体と違う場合は、歴史人物と神話伝承のキャラは別物として扱われる。
例)ギルガメシュ
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「世界的ベストセラーの本に書いてあるから本当なんでしょ?」とか思ってる人はまさかいないと思うが、まずね、旧約聖書って基本ファンタジーだからね? まさか神の奇蹟で海が割れたとか、リアルな歴史として信じてる人は…うん、あの、いたらごめんだけど、いないと仮定して話を進める。
まず、モーセが出てくるのが「旧約聖書」であるところに気をつけたい。
聖書二種類の違いだが、だいたいの大雑把な概念として以下のようになる。
・旧約聖書
イスラエル民族がバビロン捕囚の間にまとめた自民族の神話伝承
エジプト、メソポタミア、カナアンなどイスラエル周辺地域の神話の要素が混じっている
・新約聖書
イエスの弟子たちの書いた師匠備忘録(本人が書いたものではなく名前を借りただけのものも含む)
モーセは神話伝承の一部である。実在を示す証拠は、一切ない。(!)
エジプト側の資料では名前は出てこないし、シナイ半島や現在のイスラエル周辺で何か証拠が出てきたということもない。というより、「出エジプト」のような奴隷の集団脱走を示す証拠も記録も無く、旧約聖書に書かれているような大規模な人口の増減は、エジプトでもシナイ半島でも見つかっていないため、そもそもこのエピソード自体、実際に起きた出来事とは考えられていない。
出エジプト記は、エジプトの第19王朝あたりの出来事だと仮定して紀元前1300年くらい。旧約聖書が文字として書かれる約700年ほど前なわけで、そりゃあ正確な記録が残ってるわけないよねって話。ただし、実際にはこの年代もビミョウである。理由は後述するが、エジプトの資料に「イスラエル」という民族名が出てきた時代を基準にしているだけだからだ。なんかそういう民族がいたらしいことは分かってるけど、そもそも君たち本当にエジプトに住んでたことあんの? いた記録無いんだけど? って、まずそこから始まるというね。
**********************
旧約聖書に限らず、古い文書を読むときに認識しておきたいことがある。
●神話伝承は、元ネタになる歴史事実を改変して作られることが多いが、史実そのものではない
●書かれていること/伝説として語られたことは、基本的に、史実を改変した物語となっている
これをもう少し分かりやすく説明しよう。
たとえば、旧約聖書にも使われている、メソポタミアの洪水伝説。こんな話だ。
"エンリルというえらい神様がいた。人間が増えすぎてウザいのでちょっと大洪水を起こして流しちゃおう、と考える。しかし人間に好意的な神エンキは、こっそり自分の信者に情報をリークして全滅を免れさせる。"
――この神話の元ネタは、メソポタミアで実際に起きた大洪水だと考えられている。チグリス・ユーフラテスの二本の大河に挟まれたメソポタミアの低地では、川が氾濫を起こすと町ごと泥に埋まるということが実際に起きていた。その洪水跡が発掘で見つかっている。
実際に洪水で広範囲が被害をこうむり、大都市がいくつも飲まれたこと、洪水をまぬがれた人間もいたという記憶が、神による人類絶滅の企みという神話になったと推測されるわけだ。
これが、旧約聖書では「ノアの箱舟」伝説として再利用されることになった。
つまり、現代でいうところの世=地球を飲み込むほどの大洪水は起きなかったが、古代人にとっての世界=メソポタミアを飲み込むほどの大洪水は実際に起きていて、それを元に神話が作られた、ということだ。元となる史実はある。が、物語として書かれたままの出来事だったわけではない。
同じように、出エジプトについても、大量の人間がエジプトから逃亡した痕跡はないから、せいぜい数十人くらいが奇跡的に逃亡したという史実を元ネタとして話を膨らませただけかもしれないのだ。数十人が数十万人に書き換わるくらいは伝承の世界ではよくある話。たまたま干潮で干潟が出ていたのが神の奇蹟に置き換わるなんてのも在り得る話だ。そこにモーセの元ネタになる人物は、いたかもしれないし、いなかったかもしれない。が、別にいなくても話は進む。
ちなみに大洪水伝説場合、旧約聖書でいうところの「ノア」は、メソポタミアの伝承ではジウスドラだったりウトナピシュティムだったりアトラハシースだったりする。ストーリーにあわせてキャラの名前が変わるなんてのも、神話ではよくある話である。
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さて、モーセの実在を示す証拠は全くない、と言ったが、先に述べたように「イスラエル」という言葉自体はエジプトの記録に登場する。有名な「イスラエル碑文」、メルエンプタハ王の時代に作られた。メルエンプタハ王は即位したときには既に高齢で、10年ほどで没しているため、逆算してその前の代のラメセス2世が「出エジプト」の時代のファラオだと考えられたのが現在広く流布している説なのだが、実際のところラメセス2世の時代に旧約聖書のような出来事が起きたという証拠が何も無い。彼はめちゃくちゃ子沢山だったうえ古代としては異例の90歳オーバーで大往生している強力なファラオである。他所の神にこてんぱんにされる隙が無い。
詳細はこっちに書いたとおりだが、「イスラエル碑文」の書かれ方として、「イスラエル」はエジプトが征服した諸民族の一つとなっており、「国」ではない。
そもそも旧約聖書は、「神」を意味する言葉がエロヒムだったりヤハウェだったりエルだったりすることから分かるように、元々別の神話エピソードだったものを一纏めに形成しなおしたものと考えられている。(そして「エル」はカナアン神話の最高神の名だったりする)
神の名が複数あることからしても、エジプト側の記録で最初に「イスラエル」という名が出てきたときには国ではなく「諸民族の一つ」と扱われていることからしても、おそらくイスラエルという単独の民族が最初から存在したわけではなく実体は諸民族の集合体から始まっている。そこから、のちに十二支族という伝承が生まれたのだろう。
ということは、「出エジプト」の元ネタになる出来事は、イスラエルの民の身に起きたことでなくても構わない。のちにイスラエルに吸収合併される別の少数民族の脱出体験でもオッケーだ。だとすると、エジプトの19王朝の時代に事件が起きる必然性は消える。
いっそ時代をさらに前にずらして、心理学者フロイトの考えた「絶対的な唯一神という概念はアクエンアテン王時代のエジプトから輸出されたのではないか」という説のほうがまだストーリーとしてはスッキリするくらいだ。
結局、今のところ分かっているのは、メルエンプタハ王の時代には既に「イスラエル」を名乗る民族がいた、ということだけなのだ。出エジプトっぽい出来事があったのか、無かったのかも分からない。それを率いたモーセなる人物の実在も、もちろん不明。元ネタはあったかもね? くらいなもんです。
参考までに、旧約聖書の各エピソードの成立推測年代
かなり簡略化された図になっている。出典元は「旧約聖書の誕生/ちくま学芸文庫」、細かい補足は元の本のほうで。
出エジプトを第19王朝と仮定した場合の年表
一応この年表には入っているけど、ダビデとかソロモンとかのあたりも実在は怪しい。
日本でも初期の頃の天皇が実在したかはビミョウだけど、それと似たような感じですかね。証拠があるかどうかと、実在を信じる人が多いか少ないかは別問題なんだぜ。
******
おまけ
旧約聖書のダビデの実在を証明する資料なんて、エジプトには(今のところ)無いんだけど…。
https://55096962.seesaa.net/article/201505article_10.html
テル・ダン・ステラとダビデの実在の研究/同じ史料なのに見方が正反対…
https://55096962.seesaa.net/article/201510article_6.html
旧約聖書に、らくだがいることに気づく。→あれ? まだ飼育始まってないんじゃね?
https://55096962.seesaa.net/article/201612article_12.html
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★実在性の証明が微妙なケースの例★
・伝説の元ネタになった人物が分かっているが伝説の内容と大きく食い違う
元ネタが誇張されていく過程で史実とは離れてしまうというパターン。この場合、実在人物と神話伝承上の人物は別モノとして扱われることが多い。史実では村娘だったものが伝説では女神の使いになったり、盗賊まがいの傭兵団長が王の血縁の英雄になったりする。
例)オルランドゥ/ロラン
・後世に書かれた伝承にのみ登場する
伝説の中では語られているものの実在した証拠が一切なく、元ネタとなる人物がいたのかさえ分からない場合。
のちに元ネタが判明しても、別人の伝説の名前だけ変えたとか、複数の人数の伝説を合体させたというケースも多々あり、実在人物としては扱わないのが普通。
例)モーセ、アーサー王
・神話伝承の登場人物だがその人物の生きたとされる同時代または近い時代の記録がある
この場合は逆に、実在した可能性が高いと看做されることが多い。ただし実在した人物と伝承の内容が全然違う、ということは多々ある。実在人物が神話伝承になる場合は、時代が進むにつれて尾ひれがついて性格が変わっていくことにも注意。あまりにも実体と違う場合は、歴史人物と神話伝承のキャラは別物として扱われる。
例)ギルガメシュ
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「世界的ベストセラーの本に書いてあるから本当なんでしょ?」とか思ってる人はまさかいないと思うが、まずね、旧約聖書って基本ファンタジーだからね? まさか神の奇蹟で海が割れたとか、リアルな歴史として信じてる人は…うん、あの、いたらごめんだけど、いないと仮定して話を進める。
まず、モーセが出てくるのが「旧約聖書」であるところに気をつけたい。
聖書二種類の違いだが、だいたいの大雑把な概念として以下のようになる。
・旧約聖書
イスラエル民族がバビロン捕囚の間にまとめた自民族の神話伝承
エジプト、メソポタミア、カナアンなどイスラエル周辺地域の神話の要素が混じっている
・新約聖書
イエスの弟子たちの書いた師匠備忘録(本人が書いたものではなく名前を借りただけのものも含む)
モーセは神話伝承の一部である。実在を示す証拠は、一切ない。(!)
エジプト側の資料では名前は出てこないし、シナイ半島や現在のイスラエル周辺で何か証拠が出てきたということもない。というより、「出エジプト」のような奴隷の集団脱走を示す証拠も記録も無く、旧約聖書に書かれているような大規模な人口の増減は、エジプトでもシナイ半島でも見つかっていないため、そもそもこのエピソード自体、実際に起きた出来事とは考えられていない。
出エジプト記は、エジプトの第19王朝あたりの出来事だと仮定して紀元前1300年くらい。旧約聖書が文字として書かれる約700年ほど前なわけで、そりゃあ正確な記録が残ってるわけないよねって話。ただし、実際にはこの年代もビミョウである。理由は後述するが、エジプトの資料に「イスラエル」という民族名が出てきた時代を基準にしているだけだからだ。なんかそういう民族がいたらしいことは分かってるけど、そもそも君たち本当にエジプトに住んでたことあんの? いた記録無いんだけど? って、まずそこから始まるというね。
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旧約聖書に限らず、古い文書を読むときに認識しておきたいことがある。
●神話伝承は、元ネタになる歴史事実を改変して作られることが多いが、史実そのものではない
●書かれていること/伝説として語られたことは、基本的に、史実を改変した物語となっている
これをもう少し分かりやすく説明しよう。
たとえば、旧約聖書にも使われている、メソポタミアの洪水伝説。こんな話だ。
"エンリルというえらい神様がいた。人間が増えすぎてウザいのでちょっと大洪水を起こして流しちゃおう、と考える。しかし人間に好意的な神エンキは、こっそり自分の信者に情報をリークして全滅を免れさせる。"
――この神話の元ネタは、メソポタミアで実際に起きた大洪水だと考えられている。チグリス・ユーフラテスの二本の大河に挟まれたメソポタミアの低地では、川が氾濫を起こすと町ごと泥に埋まるということが実際に起きていた。その洪水跡が発掘で見つかっている。
実際に洪水で広範囲が被害をこうむり、大都市がいくつも飲まれたこと、洪水をまぬがれた人間もいたという記憶が、神による人類絶滅の企みという神話になったと推測されるわけだ。
これが、旧約聖書では「ノアの箱舟」伝説として再利用されることになった。
つまり、現代でいうところの世=地球を飲み込むほどの大洪水は起きなかったが、古代人にとっての世界=メソポタミアを飲み込むほどの大洪水は実際に起きていて、それを元に神話が作られた、ということだ。元となる史実はある。が、物語として書かれたままの出来事だったわけではない。
同じように、出エジプトについても、大量の人間がエジプトから逃亡した痕跡はないから、せいぜい数十人くらいが奇跡的に逃亡したという史実を元ネタとして話を膨らませただけかもしれないのだ。数十人が数十万人に書き換わるくらいは伝承の世界ではよくある話。たまたま干潮で干潟が出ていたのが神の奇蹟に置き換わるなんてのも在り得る話だ。そこにモーセの元ネタになる人物は、いたかもしれないし、いなかったかもしれない。が、別にいなくても話は進む。
ちなみに大洪水伝説場合、旧約聖書でいうところの「ノア」は、メソポタミアの伝承ではジウスドラだったりウトナピシュティムだったりアトラハシースだったりする。ストーリーにあわせてキャラの名前が変わるなんてのも、神話ではよくある話である。
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さて、モーセの実在を示す証拠は全くない、と言ったが、先に述べたように「イスラエル」という言葉自体はエジプトの記録に登場する。有名な「イスラエル碑文」、メルエンプタハ王の時代に作られた。メルエンプタハ王は即位したときには既に高齢で、10年ほどで没しているため、逆算してその前の代のラメセス2世が「出エジプト」の時代のファラオだと考えられたのが現在広く流布している説なのだが、実際のところラメセス2世の時代に旧約聖書のような出来事が起きたという証拠が何も無い。彼はめちゃくちゃ子沢山だったうえ古代としては異例の90歳オーバーで大往生している強力なファラオである。他所の神にこてんぱんにされる隙が無い。
詳細はこっちに書いたとおりだが、「イスラエル碑文」の書かれ方として、「イスラエル」はエジプトが征服した諸民族の一つとなっており、「国」ではない。
そもそも旧約聖書は、「神」を意味する言葉がエロヒムだったりヤハウェだったりエルだったりすることから分かるように、元々別の神話エピソードだったものを一纏めに形成しなおしたものと考えられている。(そして「エル」はカナアン神話の最高神の名だったりする)
神の名が複数あることからしても、エジプト側の記録で最初に「イスラエル」という名が出てきたときには国ではなく「諸民族の一つ」と扱われていることからしても、おそらくイスラエルという単独の民族が最初から存在したわけではなく実体は諸民族の集合体から始まっている。そこから、のちに十二支族という伝承が生まれたのだろう。
ということは、「出エジプト」の元ネタになる出来事は、イスラエルの民の身に起きたことでなくても構わない。のちにイスラエルに吸収合併される別の少数民族の脱出体験でもオッケーだ。だとすると、エジプトの19王朝の時代に事件が起きる必然性は消える。
いっそ時代をさらに前にずらして、心理学者フロイトの考えた「絶対的な唯一神という概念はアクエンアテン王時代のエジプトから輸出されたのではないか」という説のほうがまだストーリーとしてはスッキリするくらいだ。
結局、今のところ分かっているのは、メルエンプタハ王の時代には既に「イスラエル」を名乗る民族がいた、ということだけなのだ。出エジプトっぽい出来事があったのか、無かったのかも分からない。それを率いたモーセなる人物の実在も、もちろん不明。元ネタはあったかもね? くらいなもんです。
参考までに、旧約聖書の各エピソードの成立推測年代
かなり簡略化された図になっている。出典元は「旧約聖書の誕生/ちくま学芸文庫」、細かい補足は元の本のほうで。
出エジプトを第19王朝と仮定した場合の年表
一応この年表には入っているけど、ダビデとかソロモンとかのあたりも実在は怪しい。
日本でも初期の頃の天皇が実在したかはビミョウだけど、それと似たような感じですかね。証拠があるかどうかと、実在を信じる人が多いか少ないかは別問題なんだぜ。
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おまけ
旧約聖書のダビデの実在を証明する資料なんて、エジプトには(今のところ)無いんだけど…。
https://55096962.seesaa.net/article/201505article_10.html
テル・ダン・ステラとダビデの実在の研究/同じ史料なのに見方が正反対…
https://55096962.seesaa.net/article/201510article_6.html
旧約聖書に、らくだがいることに気づく。→あれ? まだ飼育始まってないんじゃね?
https://55096962.seesaa.net/article/201612article_12.html

