「海の民」の発生と紀元前1300年東地中海古代世界 オマケでサントリーニ島の噴火の話
そういえば、「サントリーニ島の大噴火が海の民を発生させた」という説があったなぁ、とフト思い出した。
サントリーニ島の大爆発といえば、東地中海沿岸の古代史をやってる人なら知らないことはないだろうエポックメイキングな事件の一つ。時代の節目を作った事件。3,600年前(つまり紀元前1,600年頃)に島全体ふっとばす勢いで噴火し、付近の文明の衰退を引き起こしたやつです。
ただ、↑のとおり現在では噴火が発生したのは「紀元前1,600年頃」とされていて、近代になってから「海の民」と呼ばれるようになった移民集団が発生するのは早くて「紀元前1,400年頃」。数百年の差があるじゃないか、ということになるが、サントリーニの爆発は規模でいうと火山爆発指数(VEI)の6か7とされ、地球規模での気候変動をもたらしていたことが判明している。なので、周辺諸国全部が同時にジリ貧になって玉突き式に難民が発生したとすれば、時間差があっても問題ない。
ちなみに火山爆発指数はこんな感じなので、6とか7とかいうレベルはドラゴンボールで喩えると、シェンロンがデコピンで殺られるレベルです。
というわけで、海の民の話。
「海の民」についてよく目にする勘違いを最初に3つほど。
★「海の民」という呼称は近代につけられたもの
古代には存在しない言葉ですなので、べつに海からだけ来るわけでは在りません。
★「海の民」という一つの民族は存在しません
エジプトの場合だと、時代ごとに、エジプトに攻めてきてる民族名が違います。その民族名もどこの誰かはっきりしない。
なぜか「実体の民族は5つだった」とか具体的な数字を上げてたり、民族名をアカイア人などに置き換えてるとこもありますが、おそらく日本語Wikipediaあたりのソースから引っ張ってきただけかと…
★実体の民族名の大半は不明で、現在も定説がありません。
「アカイア人とナントカ人と…」とか後世の民族名と結びつけている説は推定です。
何しろ民族名とイラスト(壁画に描かれている場合)しか残ってないんで。あと現在知られている民族名と古代の民族の実態が違う場合もある。
エジプト側の記録に出てくる民族名は、それぞれの時代でこんな感じ。
-前1300年半ば アクエンアテン王の時代
既に一部の民族が移動を開始している
デネン・ルッカ・シェルデン
-前1270年頃 ラメセス2世/カデシュの戦い
ルッカ・シェルデン・ペレセトはエジプト側の傭兵として参戦
-前1200年頃 メルエンプタハ
いわゆる「海の民」の襲来、イスラエル碑文/カルナックのアメン神殿に残されている
襲来してきたとされる民族名は以下のとおり
ルッカ・シェルデン・エウクシュ・メシュウェシュ・シェケレシュ・テレシュ
-前1180年~1150年あたり ラメセス3世
メディネト・ハブ神殿の神殿とパピルス・ハリスに、いわゆる「海の民」撃退の記録あり
襲来してきたとされる民族名は以下のとおり
デネン・シェルデン・ペレセト・シェケレシュ・チェケル・テレシュ・ウェシュウェシュ
…という、このへんが主要な一次資料。あと周辺の資料とか後世に書かれたものも含めるともうちょっとある。
これら羅列されている民族の出身地域として推定されているのは
・リビア
・死海近辺
・サルディニア島(爆発で吹っ飛んだからしょうがないよね)
・現在のイタリア付近
・現在のギリシャ付記
・現在のトルコ付近
周辺全部じゃねぇかよ!! って話になるけど、うんまぁそうなんだ。
古代世界でのエジプトさんは、豊かで強大な国。今で言うシリアやリビアから見たドイツ・フランスみたいな国なので、皆そこを目指して行ったわけですね…。
いちおう、壁画に残されてる「倒された民族」の図や語感などから、「ルッカってアナトリア出身の民族じゃね?」とか「ペレセトはペリシテ人だと思う」いう感じで推測はされているけど、証拠不足。そもそも、今から3000年以上も前の民族名なんて、はっきり判らんのが当たり前ですよ。
はっきりしてるのは、「なんか前1300年頃から1100年頃にかけて東地中海で民族移動の波が発生していた」「その頃にヒッタイト他、多くの大国が崩壊・衰退していった」ということ。
日本語の本だと、ヒッタイトは海の民に滅ぼされたって書いてることが多いけど、実際は不明です。ていうかそもそも「海の民」という言葉が近代に作られたものである以上、記録にその言葉は出てきません。しかも残ってる記録はエジプト側のもののみ。なので実際にヒッタイトで何が起きてたのかはわかんないです。
結局のところ、ヒッタイトは"海の民が滅ぼした"と見るよりも、"気候変動や戦乱などで連鎖的に混乱が発生し、多くの住人が難民となったのが海の民と呼ばれる現象の実体である"と見るほうが妥当だと自分は思います。
-----------------------
あとオマケで地質学×考古学の面白そうな研究とか
New evidence on what caused tsunamis after massive Santorini volcanic eruption in the Bronze Age
https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2016/11/new-evidence-on-what-caused-tsunamis.html#Y8lZeiPiAoYXu3rZ.99
そう目新しい研究ではないけれど、「当時は島の真ん中の今は海になってるとこはまだ陥没してなかったはず」というのが面白そうだった。ここで出ている津波の高さは9m。
以下の日本の過去の研究だともうちょい低くて2-6mってことになってるけど、このテの研究って出してくる数値のどのくらいまで誤差範囲なんだろうか。
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-09044126/
サントリーニ島の大爆発といえば、東地中海沿岸の古代史をやってる人なら知らないことはないだろうエポックメイキングな事件の一つ。時代の節目を作った事件。3,600年前(つまり紀元前1,600年頃)に島全体ふっとばす勢いで噴火し、付近の文明の衰退を引き起こしたやつです。
ただ、↑のとおり現在では噴火が発生したのは「紀元前1,600年頃」とされていて、近代になってから「海の民」と呼ばれるようになった移民集団が発生するのは早くて「紀元前1,400年頃」。数百年の差があるじゃないか、ということになるが、サントリーニの爆発は規模でいうと火山爆発指数(VEI)の6か7とされ、地球規模での気候変動をもたらしていたことが判明している。なので、周辺諸国全部が同時にジリ貧になって玉突き式に難民が発生したとすれば、時間差があっても問題ない。
ちなみに火山爆発指数はこんな感じなので、6とか7とかいうレベルはドラゴンボールで喩えると、シェンロンがデコピンで殺られるレベルです。
というわけで、海の民の話。
「海の民」についてよく目にする勘違いを最初に3つほど。
★「海の民」という呼称は近代につけられたもの
古代には存在しない言葉ですなので、べつに海からだけ来るわけでは在りません。
★「海の民」という一つの民族は存在しません
エジプトの場合だと、時代ごとに、エジプトに攻めてきてる民族名が違います。その民族名もどこの誰かはっきりしない。
なぜか「実体の民族は5つだった」とか具体的な数字を上げてたり、民族名をアカイア人などに置き換えてるとこもありますが、おそらく日本語Wikipediaあたりのソースから引っ張ってきただけかと…
★実体の民族名の大半は不明で、現在も定説がありません。
「アカイア人とナントカ人と…」とか後世の民族名と結びつけている説は推定です。
何しろ民族名とイラスト(壁画に描かれている場合)しか残ってないんで。あと現在知られている民族名と古代の民族の実態が違う場合もある。
エジプト側の記録に出てくる民族名は、それぞれの時代でこんな感じ。
-前1300年半ば アクエンアテン王の時代
既に一部の民族が移動を開始している
デネン・ルッカ・シェルデン
-前1270年頃 ラメセス2世/カデシュの戦い
ルッカ・シェルデン・ペレセトはエジプト側の傭兵として参戦
-前1200年頃 メルエンプタハ
いわゆる「海の民」の襲来、イスラエル碑文/カルナックのアメン神殿に残されている
襲来してきたとされる民族名は以下のとおり
ルッカ・シェルデン・エウクシュ・メシュウェシュ・シェケレシュ・テレシュ
-前1180年~1150年あたり ラメセス3世
メディネト・ハブ神殿の神殿とパピルス・ハリスに、いわゆる「海の民」撃退の記録あり
襲来してきたとされる民族名は以下のとおり
デネン・シェルデン・ペレセト・シェケレシュ・チェケル・テレシュ・ウェシュウェシュ
…という、このへんが主要な一次資料。あと周辺の資料とか後世に書かれたものも含めるともうちょっとある。
これら羅列されている民族の出身地域として推定されているのは
・リビア
・死海近辺
・サルディニア島(爆発で吹っ飛んだからしょうがないよね)
・現在のイタリア付近
・現在のギリシャ付記
・現在のトルコ付近
周辺全部じゃねぇかよ!! って話になるけど、うんまぁそうなんだ。
古代世界でのエジプトさんは、豊かで強大な国。今で言うシリアやリビアから見たドイツ・フランスみたいな国なので、皆そこを目指して行ったわけですね…。
いちおう、壁画に残されてる「倒された民族」の図や語感などから、「ルッカってアナトリア出身の民族じゃね?」とか「ペレセトはペリシテ人だと思う」いう感じで推測はされているけど、証拠不足。そもそも、今から3000年以上も前の民族名なんて、はっきり判らんのが当たり前ですよ。
はっきりしてるのは、「なんか前1300年頃から1100年頃にかけて東地中海で民族移動の波が発生していた」「その頃にヒッタイト他、多くの大国が崩壊・衰退していった」ということ。
日本語の本だと、ヒッタイトは海の民に滅ぼされたって書いてることが多いけど、実際は不明です。ていうかそもそも「海の民」という言葉が近代に作られたものである以上、記録にその言葉は出てきません。しかも残ってる記録はエジプト側のもののみ。なので実際にヒッタイトで何が起きてたのかはわかんないです。
結局のところ、ヒッタイトは"海の民が滅ぼした"と見るよりも、"気候変動や戦乱などで連鎖的に混乱が発生し、多くの住人が難民となったのが海の民と呼ばれる現象の実体である"と見るほうが妥当だと自分は思います。
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あとオマケで地質学×考古学の面白そうな研究とか
New evidence on what caused tsunamis after massive Santorini volcanic eruption in the Bronze Age
https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2016/11/new-evidence-on-what-caused-tsunamis.html#Y8lZeiPiAoYXu3rZ.99
そう目新しい研究ではないけれど、「当時は島の真ん中の今は海になってるとこはまだ陥没してなかったはず」というのが面白そうだった。ここで出ている津波の高さは9m。
以下の日本の過去の研究だともうちょい低くて2-6mってことになってるけど、このテの研究って出してくる数値のどのくらいまで誤差範囲なんだろうか。
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-09044126/
