日本の狛犬の起源は、エジプトのスフィンクスではないです。
元々は、「聖域の入り口を守る聖獣」としての役割が、スフィンクスと狛犬で似てる部分もあるよね」っていう話だったはずなのに、どういうわけかいつの間にか「起源」にされてしまったというこの話。
ググると「狛犬のモデルはスフィンクス」だの「ルーツはエジプトまで辿れる」だの、抱腹絶倒なテキストがワラワラ出てきていい加減笑ってもいられなくなってきたので、この際だからズバっと書いておくことにする。
狛犬とエジプトは、直接は関係ないです。
最初に伝播の経路を纏めておく。
・エジプトを含むメソポタミアなどオリエントの「獅子」は王権や権威の象徴
→ヨーロッパでも獅子の意味は同様
→インドにも伝わり神や仏が従える獣、あるいは「獅子座」と呼ばれる椅子として採用
↓
・インドの仏教芸術に獅子が取り入れられる(ガンダーラ美術以降)
↓
・仏教とともに中国に伝来、中国で霊獣、唐獅子としてイメージが形成される
↓
・中国から日本に伝来した唐獅子が狛犬に変化していく(平安以降)
このルートに従えば、日本の狛犬は中国起源であって、オリエント(あるいはエジプト)起源では無い。当たり前の話である。古代エジプトから中世日本に何の変化もなく直接伝来するはずもない。時代も距離も離れすぎている。そして、そもそも日本の狛犬を見れば、エジプトのものと全然違うことくらい判る。
どこが違うのかを具体的にあげてみよう。
<エジプトのスフンクスと日本の狛犬の大きな違い>
・狛犬は顔が人間ではない
エジプトのスフィンクス、特にギザのピラミッド前にあるデカいやつは、体は獅子だが顔は人間になっている。もしエジプトのスフィンクスが起源であるならば、日本にも顔が人間の狛犬が無くてはならないが、そんなものは無い。
・狛犬は一対だがエジプトのスフィンクスは一対ではない
ギザのでかいやつもそうだし、顔が人間型になっているほかのスフィンクスも一対とは決められていない。カルナック神殿やルクソール神殿前にあるものも、参道の両脇にズラリと並んでいて、対どころか大量にある。門の前に一対で置かれる獅子は、アッシリアの有翼獅子やヒッタイトの首都ハットゥシャの門だろう。
* これがギザの大スフィンクス。人面。
* 基本的に一対、かつ完全な獣である狛犬とは全然違う。
* むしろハットゥシャ(現在のトルコ)の門を守る獅子のほうが近い
役割こそ似ている部分はあるものの、見た目も意味も全く違う。だから、起源だのルーツだのと簡単に結びつけることは出来ないのだ。狛犬の元となる思想の「原点」というべき部分の一部は、確かに古代オリエントにある。が、「直接の起源」とは違う。
隣接する文化圏同士ならともかく、間に別の文化圏が挟まっている遠方同士が直接影響しあうことは難しい。文化の伝播は伝言ゲームとなる。古代オリエントの獅子の図像と日本の狛犬は、遠い親戚かもしれないが、親子ではないのだ。起源地と言うのなら、直接やり取りがされていた隣近所を指すべきだ。
しかもエジプトを含むオリエントは、日本が平安時代をやってた頃にはもうイスラム化の時代を迎えている。ギザの大スフィンクスなんて首まで砂に埋もれて人面部分しか見えてない時代になってる。時間が数千年くらいズレてるのだ。エジプト起源だと主張するのは結構だが、どこで数千年の時空を越えればいいのか教えてくれ(笑) 途中インドや中国で別モノに変えられてから伝わってくるのであれば千年後だろうが二千年後だろうが問題ないんだが、直接伝播だとすると時空が歪んでることになるぞ…。
というわけで、もう一度言うが
狛犬とエジプトは、直接は関係ないです。
大元の元ネタとしてオリエントの獅子のイメージがあることは確かだが、見た目も意味も大幅に変更されて伝言ゲームされた結果、ほぼ別物として日本に入ってきている。起源として見るなら隣の中国が妥当だろう。という話。
ちなみにインドには獅子の実物がいたのでオリエントのイメージをそのまま採用しやすかったが、中国は獅子がいない(虎なら居るが…)ので、独特の「唐獅子」スタイルになるしかなかったという。そして日本では、獅子がさらにイヌに似た動物になった。文化の伝播とは、得てしてそういうモノである。
*****
狛犬マニア(いるのか?)用の本。
翼の名残っぽいものを持っている狛犬や、唐獅子ではないアッシアやペルシャ風味の完全な獅子も稀にあるらしい。つまり、直接伝播も僅かながら存在した可能性があるということ。最近、平城京にペルシャ人の役人がいたかも?なんて発見もあったりするので、そのへん想像しながら読むと楽しいと思う。
ググると「狛犬のモデルはスフィンクス」だの「ルーツはエジプトまで辿れる」だの、抱腹絶倒なテキストがワラワラ出てきていい加減笑ってもいられなくなってきたので、この際だからズバっと書いておくことにする。
狛犬とエジプトは、直接は関係ないです。
最初に伝播の経路を纏めておく。
・エジプトを含むメソポタミアなどオリエントの「獅子」は王権や権威の象徴
→ヨーロッパでも獅子の意味は同様
→インドにも伝わり神や仏が従える獣、あるいは「獅子座」と呼ばれる椅子として採用
↓
・インドの仏教芸術に獅子が取り入れられる(ガンダーラ美術以降)
↓
・仏教とともに中国に伝来、中国で霊獣、唐獅子としてイメージが形成される
↓
・中国から日本に伝来した唐獅子が狛犬に変化していく(平安以降)
このルートに従えば、日本の狛犬は中国起源であって、オリエント(あるいはエジプト)起源では無い。当たり前の話である。古代エジプトから中世日本に何の変化もなく直接伝来するはずもない。時代も距離も離れすぎている。そして、そもそも日本の狛犬を見れば、エジプトのものと全然違うことくらい判る。
どこが違うのかを具体的にあげてみよう。
<エジプトのスフンクスと日本の狛犬の大きな違い>
・狛犬は顔が人間ではない
エジプトのスフィンクス、特にギザのピラミッド前にあるデカいやつは、体は獅子だが顔は人間になっている。もしエジプトのスフィンクスが起源であるならば、日本にも顔が人間の狛犬が無くてはならないが、そんなものは無い。
・狛犬は一対だがエジプトのスフィンクスは一対ではない
ギザのでかいやつもそうだし、顔が人間型になっているほかのスフィンクスも一対とは決められていない。カルナック神殿やルクソール神殿前にあるものも、参道の両脇にズラリと並んでいて、対どころか大量にある。門の前に一対で置かれる獅子は、アッシリアの有翼獅子やヒッタイトの首都ハットゥシャの門だろう。
* これがギザの大スフィンクス。人面。
* 基本的に一対、かつ完全な獣である狛犬とは全然違う。
* むしろハットゥシャ(現在のトルコ)の門を守る獅子のほうが近い
役割こそ似ている部分はあるものの、見た目も意味も全く違う。だから、起源だのルーツだのと簡単に結びつけることは出来ないのだ。狛犬の元となる思想の「原点」というべき部分の一部は、確かに古代オリエントにある。が、「直接の起源」とは違う。
隣接する文化圏同士ならともかく、間に別の文化圏が挟まっている遠方同士が直接影響しあうことは難しい。文化の伝播は伝言ゲームとなる。古代オリエントの獅子の図像と日本の狛犬は、遠い親戚かもしれないが、親子ではないのだ。起源地と言うのなら、直接やり取りがされていた隣近所を指すべきだ。
しかもエジプトを含むオリエントは、日本が平安時代をやってた頃にはもうイスラム化の時代を迎えている。ギザの大スフィンクスなんて首まで砂に埋もれて人面部分しか見えてない時代になってる。時間が数千年くらいズレてるのだ。エジプト起源だと主張するのは結構だが、どこで数千年の時空を越えればいいのか教えてくれ(笑) 途中インドや中国で別モノに変えられてから伝わってくるのであれば千年後だろうが二千年後だろうが問題ないんだが、直接伝播だとすると時空が歪んでることになるぞ…。
というわけで、もう一度言うが
狛犬とエジプトは、直接は関係ないです。
大元の元ネタとしてオリエントの獅子のイメージがあることは確かだが、見た目も意味も大幅に変更されて伝言ゲームされた結果、ほぼ別物として日本に入ってきている。起源として見るなら隣の中国が妥当だろう。という話。
ちなみにインドには獅子の実物がいたのでオリエントのイメージをそのまま採用しやすかったが、中国は獅子がいない(虎なら居るが…)ので、独特の「唐獅子」スタイルになるしかなかったという。そして日本では、獅子がさらにイヌに似た動物になった。文化の伝播とは、得てしてそういうモノである。
*****
狛犬マニア(いるのか?)用の本。
翼の名残っぽいものを持っている狛犬や、唐獅子ではないアッシアやペルシャ風味の完全な獅子も稀にあるらしい。つまり、直接伝播も僅かながら存在した可能性があるということ。最近、平城京にペルシャ人の役人がいたかも?なんて発見もあったりするので、そのへん想像しながら読むと楽しいと思う。




