ファラオのDNA解析はあんまり意味ないという話。「それ何の目的でやんの?」
最近は考古学と遺伝学を組み合わせた研究が花形で、色んなジャンルで使われている。
たとえば野生動物を飼いならす過程を調べるのに、遺跡から出てくる家畜の骨を調べるとか。
人の移住経路を調べるのに古い人骨のDNAを調査するとか。
古代エジプトのジャンルでも、かつてツタンカーメンとその家系について、ミイラのDNAを調べる、というプロジェクトがあった。また、今年になって、末期王朝~ローマ支配時代あたりの一般人のミイラを調べ、現代エジプト人との差異を確認するという研究が行われていた。
…で、そんなこんなで昔から、「ファラオのDNA解析をやれ」と強くプッシュする意見もあり、それが行われないので、きっと何かを隠しているからだ!! みたいな陰謀論もあったりするのだが、そうじゃない。
ファラオのDNA解析はリスキーなわりに意味があまりない
という話をしたい。
■そもそも何を知りたいのか
ミイラのDNAを調べて何を知りたいのか。DNA解析をするからには何か知りたいことがあり、解析方法がその目的に一致していなくてはならない。
王族のミイラを調べても古代エジプト人の一般的な傾向は分からない。何故かというと、文献資料によって同盟国からの政略結婚で王家に嫁いだ外国妻が何人もいることや、ハレムのような場所があつたことが分かっており、遺伝子自体は古代エジプトの一般大衆とは異なる傾向を示すのが調べなくても予測できるからだ。
王家の家族関係を調べようにも、大抵のミイラは単品で見つかっており、明確に関係性のわかる家族のミイラがまとまっていることは少ない。
ツタンカーメンの場合は家族と思われる候補が沢山いたので家族関係の調査も可能だったが、王族のミイラがまともに残っているのは第18王朝以降である。それ以前の王族たちは一部の骨しか残っていなかったり、誰のものなのかがはっきりしなかったり、状態が良くない。
■DNAサンプル採取にはミイラの毀損が必須
DNA解析のサンプルを手に入れるためには、骨にドリルで穴を空けて汚染されていなさそうな部位を採取する必要がある、というのも問題だ。要するにミイラを一部壊さないとDNA解析は出来ない。思いつきと興味で許可がおりるものではない。また、よほどの目的と勝算がなければ、骨に穴を開けてまでやることではない。
しかも、王族のミイラは色んな薬品を使って丁寧に作られているので、日干しにしただけの庶民のミイラよりDNAサンプルが取りづらい。ツタンカーメンのDNA採取の時にも余計な物質を分離することに非常に苦労していた。ミイラに穴を開けなくてはならないうえに採取したサンプルが使える可能性も低いのでは、やりたがる学者はそうそういない…。
というわけで、陰謀論でもなんでもなく、単純に「リスク高いわりに、わざわざやる意味はあんまりない」というのが前提となっている。というかぶっちゃけ、古代エジプト人の場合、一般庶民についてもDNA解析をやる意味はあんまりないんじゃないかという気がする。
エジプトのナイル河畔は、各時代ごとに、色んなところから色んな民族が流入して、ゴッチャになっているのが判っている場所だ。アフリカ内陸起源の人もいれば、アジア起源の人もいるし、ヨーロッパから渡って来た人もいる。昔からそこにすんでいたオリジナルの集団というものはなく、歴史を通して、常に混血しつづけてきた。
だから、古代エジプト人に限らず現代エジプト人についても、「エジプト人はエジプト人だ」としか言いようがない。
DNA解析で何か調べられるとしたら、最初にナイル河畔に住み始めた人々はどこから来たのかとか、ナイル河畔から外れたオアシス地域の人間集団の形成の歴史とかになるんじゃないかと思う。古代エジプト文明が発達していた時代について調べるなら、サンプルによって偏る可能性のある遺伝情報よりは文献や遺跡からの出土品を見たほうがいい。
なお、古代エジプトの王族のDNA解析は、「やる意味があまりない」以上に「やらないほうが無難」という側面もある。人種問題に関するめんどくさい団体とか、ファラオは黒人! or 白人! と言い張る人たちが過剰に反応するからである。
端的に言うと、エジプト文明をアフリカの黒人の偉大な文明にしたい集団と、優秀な白人ファラオによって導かれた植民地的な文明にしたい集団のどっちかが有利になるように見える結果が出た場合がめちゃめちゃ厄介なのだ。
これは、日本で古墳を発掘して出てきた古代の天皇のDNA解析をするかどうか、という話に置き換えるとよく判ると思う。
古代エジプトの王族の中には他国の王女を妻に迎えた人もいる。日本の天皇家も朝鮮半島や古代中国と交流していたことがある。それによって、たまたまDNA解析の結果に外国人との混血を示唆する内容が出てきたとするとどうなるか。議論が紛糾するだろうことは容易に推測できる。
というわけで、ファラオのDNA解析は
・目的が薄い
・ミイラを破損するわりに結果が出るとは限らない
・結果次第で過激な議論が勃発する
と、ハイリスク・ローリターンな案件であることがお分かりいただけたかと思う。
政府や学者たちがやる気ないのは、べつに何かを隠しているとか、真実を知ることが怖いとかではなく、現実的な理由なんですよ多分ね…。
****
マジメな話するとツタンカーメンあたりは半分くらいアジア系の血が入っているかもしれない。
ネフェルティティが外国人妻だったり、ツタンカーメンの実母が外国の王女だったりする可能性もそれなりにあるわけで。特にミトコンドリアDNAで解析した場合は、mDNAは母系でしか遺伝しないのでエジプトにあまりないハプログループで出るかもしれないです。
だからと言って、彼がエジプト人ではなかったという結論にならないのは勿論で。
DNA解析ってのは一般に思われてるほど万能じゃないですよ。
たとえば野生動物を飼いならす過程を調べるのに、遺跡から出てくる家畜の骨を調べるとか。
人の移住経路を調べるのに古い人骨のDNAを調査するとか。
古代エジプトのジャンルでも、かつてツタンカーメンとその家系について、ミイラのDNAを調べる、というプロジェクトがあった。また、今年になって、末期王朝~ローマ支配時代あたりの一般人のミイラを調べ、現代エジプト人との差異を確認するという研究が行われていた。
…で、そんなこんなで昔から、「ファラオのDNA解析をやれ」と強くプッシュする意見もあり、それが行われないので、きっと何かを隠しているからだ!! みたいな陰謀論もあったりするのだが、そうじゃない。
ファラオのDNA解析はリスキーなわりに意味があまりない
という話をしたい。
■そもそも何を知りたいのか
ミイラのDNAを調べて何を知りたいのか。DNA解析をするからには何か知りたいことがあり、解析方法がその目的に一致していなくてはならない。
王族のミイラを調べても古代エジプト人の一般的な傾向は分からない。何故かというと、文献資料によって同盟国からの政略結婚で王家に嫁いだ外国妻が何人もいることや、ハレムのような場所があつたことが分かっており、遺伝子自体は古代エジプトの一般大衆とは異なる傾向を示すのが調べなくても予測できるからだ。
王家の家族関係を調べようにも、大抵のミイラは単品で見つかっており、明確に関係性のわかる家族のミイラがまとまっていることは少ない。
ツタンカーメンの場合は家族と思われる候補が沢山いたので家族関係の調査も可能だったが、王族のミイラがまともに残っているのは第18王朝以降である。それ以前の王族たちは一部の骨しか残っていなかったり、誰のものなのかがはっきりしなかったり、状態が良くない。
■DNAサンプル採取にはミイラの毀損が必須
DNA解析のサンプルを手に入れるためには、骨にドリルで穴を空けて汚染されていなさそうな部位を採取する必要がある、というのも問題だ。要するにミイラを一部壊さないとDNA解析は出来ない。思いつきと興味で許可がおりるものではない。また、よほどの目的と勝算がなければ、骨に穴を開けてまでやることではない。
しかも、王族のミイラは色んな薬品を使って丁寧に作られているので、日干しにしただけの庶民のミイラよりDNAサンプルが取りづらい。ツタンカーメンのDNA採取の時にも余計な物質を分離することに非常に苦労していた。ミイラに穴を開けなくてはならないうえに採取したサンプルが使える可能性も低いのでは、やりたがる学者はそうそういない…。
というわけで、陰謀論でもなんでもなく、単純に「リスク高いわりに、わざわざやる意味はあんまりない」というのが前提となっている。というかぶっちゃけ、古代エジプト人の場合、一般庶民についてもDNA解析をやる意味はあんまりないんじゃないかという気がする。
エジプトのナイル河畔は、各時代ごとに、色んなところから色んな民族が流入して、ゴッチャになっているのが判っている場所だ。アフリカ内陸起源の人もいれば、アジア起源の人もいるし、ヨーロッパから渡って来た人もいる。昔からそこにすんでいたオリジナルの集団というものはなく、歴史を通して、常に混血しつづけてきた。
だから、古代エジプト人に限らず現代エジプト人についても、「エジプト人はエジプト人だ」としか言いようがない。
DNA解析で何か調べられるとしたら、最初にナイル河畔に住み始めた人々はどこから来たのかとか、ナイル河畔から外れたオアシス地域の人間集団の形成の歴史とかになるんじゃないかと思う。古代エジプト文明が発達していた時代について調べるなら、サンプルによって偏る可能性のある遺伝情報よりは文献や遺跡からの出土品を見たほうがいい。
なお、古代エジプトの王族のDNA解析は、「やる意味があまりない」以上に「やらないほうが無難」という側面もある。人種問題に関するめんどくさい団体とか、ファラオは黒人! or 白人! と言い張る人たちが過剰に反応するからである。
端的に言うと、エジプト文明をアフリカの黒人の偉大な文明にしたい集団と、優秀な白人ファラオによって導かれた植民地的な文明にしたい集団のどっちかが有利になるように見える結果が出た場合がめちゃめちゃ厄介なのだ。
これは、日本で古墳を発掘して出てきた古代の天皇のDNA解析をするかどうか、という話に置き換えるとよく判ると思う。
古代エジプトの王族の中には他国の王女を妻に迎えた人もいる。日本の天皇家も朝鮮半島や古代中国と交流していたことがある。それによって、たまたまDNA解析の結果に外国人との混血を示唆する内容が出てきたとするとどうなるか。議論が紛糾するだろうことは容易に推測できる。
というわけで、ファラオのDNA解析は
・目的が薄い
・ミイラを破損するわりに結果が出るとは限らない
・結果次第で過激な議論が勃発する
と、ハイリスク・ローリターンな案件であることがお分かりいただけたかと思う。
政府や学者たちがやる気ないのは、べつに何かを隠しているとか、真実を知ることが怖いとかではなく、現実的な理由なんですよ多分ね…。
****
マジメな話するとツタンカーメンあたりは半分くらいアジア系の血が入っているかもしれない。
ネフェルティティが外国人妻だったり、ツタンカーメンの実母が外国の王女だったりする可能性もそれなりにあるわけで。特にミトコンドリアDNAで解析した場合は、mDNAは母系でしか遺伝しないのでエジプトにあまりないハプログループで出るかもしれないです。
だからと言って、彼がエジプト人ではなかったという結論にならないのは勿論で。
DNA解析ってのは一般に思われてるほど万能じゃないですよ。