古代エジプト第4王朝の埋葬と「身代わりの首」の謎

古代エジプトに、身代わりの首(reserve head)と呼ばれる遺物がある。(※)第4王朝の短い間、クフ王とサフラー王の治世下でしか使われなかった、とてもリアルな石材製の首である。数は少なく、30ちょっとしか見つかっていない。また、用途も不明だ。

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https://www.mfa.org/collections/object/reserve-head-141966


かつて有力だった説の一つが、「遺体の顔が損傷した場合に、自分の体を見分けるための予備の首」である。第4王朝の頃にはまだミイラ化の技術は頂点に達しておらず、遺体の保存状態はよくない。現在見つかっているその時代の遺体は、状態がましなものでさえ「骨の一部と皮膚のあったらしい跡」だ。古代エジプトの宗教観では、魂はミイラ化された自分の遺体のもとへ定期的に戻ってくることになっていたから、遺体が失われて戻る先が判らなくなっては困る。というわけで、朽ちない石で顔の写しを作ったのではないか、というのだ。

しかし、この説は最近ではあまり支持されていない。なぜかというと、この「身代わりの首」には、埋葬前に意図的に傷つけられた痕跡があるからだ。特に耳の部分が意図的に削り落とされているものは興味深い。本当に遺体の見分けに使うつもりだったのなら、傷をつけては意味がない。そのため現在では、何らかの埋葬にかかわる儀式に使われたものではないかと考えられている。

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気になるのは、この「首」が埋葬に使用されていたのが巨大ピラミッド建造の最盛期に当たる、ということだ。つまりこの「身代わりの首」は、ほぼ、ピラミッドの周囲に造られた貴族墓からしか出てこない。ピラミッド建造熱が冷めていくと同時に、「首」は埋葬されなくなっていく。
もう一つ、傷つけられているのがなぜ耳なのか、ということ。転がして痛めたなら鼻が欠けるはずで、壊されているのが耳ということはそこを意図的に削ったことになる。耳。音を聞く器官。古代人は一体、死者の首に何から耳を閉ざさせたかったのか。
なんとなく、わざと壊されていることの多い日本の土偶を思わせる。敢えて傷つけることには、やはり、何か意味があったのだろうと思う。

それともう一つ、墓に収められている首は、本当に「本人の似姿なのか」という問題がある。
おそらく本人に似せているはず…とは言われているものの、遺体の残っている状態が悪いか、全く残っていないため、その証明が誰にも出来ない。もしも全く異なる顔が作られているとしたら、そこにはどんな意味があるだろう。

確かなことが分からないからこそ、興味は尽きない。これは、ピラミツドを建造していた人々が墓に入れた、とても謎めいた不思議な遺物なのである。


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※和訳では「予備の頭部」とか「身代わりの頭像」などの呼び方もある。辞書でさがすとき面倒くさいので何かに統一してもらいたい…。

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