「テュルク系民族」の歴史と広がり~中央アジアから西の果てまで。

最初に読んだ「トルコ民族の世界史」って本がいまいちよくわからんかったので、もう一冊「テュルクを知るための61章」を投入して、なんとか言いたいことが判ってきたぞ?

まずこれは、国としてのトルコの枠とは関係のない話だ、ということを念頭におかないと内容が頭に入ってこない。
実際は、トルコを建国した民族の”源流”としてのテュルク系民族についての話。

テュルク系民族、という言葉さえ微妙な感じで、テュルク系の言語を使う人たちのことを総称してそのように呼んでいるが、実際は各地で様々な民族に分化、あるいは同化しているため、一つの民族とは言いがたい。ニュアンスとしては「インド・ヨーロッパ語族」に近い。

なので、テュルク系民族と現在のトルコを形成する民族はイコールではなく、トルコが代表例というわけでもない。
最初に「トルコ民族」という言葉から入ってしまうと国としてのトルコのイメージがつきまとうので、途中でわけがわからなくなる話なのだ。なので、「トルコ民族の世界史」のほうは、タイトルと前提の部分からして失敗していると思う。


というわけで、情報を整理してみた。

まずテュルク系民族…というのは何か、という話だが、これが実は良く判っていない。

起源地も不明。最古の記録だと中国の記録に現われる突厥がどうやらテュルク系言語を使っていたらしいことが確かなのだが、最古の例というだけで、その時代すでに中央アジアから東西にテュルク系言語を使う民族が広がっていたらしい。
何千年も昔の自分たちの起源を正確に語れる民族はいない。まして、彼らの多くが遊牧民の末裔である。長距離を移動しまくってきた民族で、しかも移動した先で多くの人間集団を吸収したり、それによって変質したりしてきたのだ。

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よって、テュルク系、という一つの民族が存在するわけではない。遺伝子的な意味での血縁関係も必ずしもあるわけではない。同一系統の言語を使用している人たち、というくらいの意味合いで、お互いに親近感はあってもアイデンティティは別だ。ウイグルに代表されるように多くはイスラム教徒だが、キリスト教徒や仏教徒、さらにはユダヤ教徒さえいるという。

現代の国にしてみても、その範囲は広大だ。
東はウイグルやロシアから、西はブルガリア、アルメニア、グルジアなど。調べていくと、こんなところにもテュルク系の人がいたのか、と思う。たとえば、キリスト教徒の民族、チェヴァシ人などである。一見してロシア人と区別がつかないという。

また、言語的にウラル・アルタイ語と言う分類で見ればフィン語も仲間になるため、ロシアからの文化的な独立の気運が高まっていた時代のフィンランドでテュルク系言語が研究されていた、など、意外な繋がりも見えてきた。

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あと、あのトルコの軍事博物館で見た謎の展示の裏にあった思想もようやく判ってきた。
「汎トルコ主義」とか「トルコ史・テーゼ」とか呼ばれる壮大な思想。前者は、テュルク系民族の先頭に立つ偉大なオスマン帝国の子孫であるトルコを中心としてテュルク系民族が一つになり云々、的な思想で、後者は、高度な文明を持つテュルク人の中央アジアからの離散によって各地の文明が築かれた、とする思想だそうなのだが…。

それだー!
だからテュルク系の民族のいる国すべてがトルコに結び付けられていたのかー!


衝撃のトルコ軍事博物館◆トルコに行ったら、アッティラがトルコ人の祖先扱いになっていた。
https://55096962.seesaa.net/article/201208article_11.html

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いやあ…なんていうか…トルコさんの歴史感がファンタジーなのはなんとなく判ってたけど、ロシアへの対抗意識とか、戦争に負けてオスマン解体されたあとの矜持を保つための政策とか、色んな深い事情があったんだなぁ…。

テュルクという言葉で無意識にトルコを連想していたのがかなり狭い視点だったということもわかり、また一つ世界が広がった。これでもう、次からはこれ系の本を読んでも混乱しなくなった、はず!


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トルコ民族の世界史
慶應義塾大学出版会
坂本 勉

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こっちはイマイチわかりづらかった。ある程度、予備知識のある人むけだと思う。


テュルクを知るための61章 (エリア・スタディーズ148)
明石書店
2016-08-20
小松 久男

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初心者はこっちから入ると判りやすいかと。
気になるところから読み始められるのも気楽でいい。

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