「魔女狩りは中世ではなく近世である」との主張の微妙な誤解

なぜだか「中世魔女狩り」というキーワードにやたら反応して、「魔女狩りは中世ではない!」という主張をしてくる人を、最近ちょいちょい見かけるようになったのだが、その意見の出所がどこなのかはよくわからない。分からないが、とりあえず自分の知識で書いておくことにした。


まず最初に結論を書いておく。

 「魔女狩り」と呼ばれる社会現象は中世末期から近代初頭に発生した。


後に書くように、「中世ではない」という主張は、中世から続く異端審問の系譜を理解しなかったから出てきた結論ではないかと思う。
なお、「近世」とは、中世と近代の間くらいの時代をさして呼ぶ言葉である。
この区分を使わない場合、近世とは科学の時代であるから、単に「中世末期」でよい。

魔女狩りの根底にあるのは異端審問その源流は12世紀末から13世紀初頭にかけて教会が「異端」を排除しようとした動きにある。したがって、中世末期から近代初頭といっても、軸足は「中世」側にある。また、アメリカのセイラム魔女裁判のような事件は、時代的にも地理的にも他の例から離れている特殊事例のため、その例をもって「魔女狩りは中世ではない」と主張しても意味がないと思われる。

というわけで細かい説明。「ヨーロッパで行われた主な魔女狩り現象は14世紀末~17世紀」、まずこれを念頭に置いておく。
その上で、以下、前提となるポイントが2つある。

 ●時代区分をどこにおくか
 ●何をもって魔女裁判と呼ぶか



とりあえずざっくりと図を作っておいた。
「人によって意見が違う」のはこういうこと。

画像





―時代の区分について。

時代区分とは、どこまで中世でどこから近代なのか、という話。中世の終わりをどこに置くかは人によって/地域によて異なるため、区分の想定が違えば「中世か、あるいは近世or近代か」という議論が成り立たなくなる。

妥当だと思うのは、17世紀末から「近代」という区分。これは、近代を科学の時代とみなすため、「最後の錬金術師」でもあるニュートンの時代を中世と近代の境目に置く考え方だ。

これ以前で「近世」をおく場合、ルネサンスから近世とみなす方法があるが、その場合は早ければ14世紀くらいから既に近世に入ることになる。また、大航海時代のはじまりをもって近世と見なす場合は、15世紀半ばから近世になるだろうか。

いずれにしても、時代区分をどう置くかである。

しかしいずれの区分にしても、「中世ではなく近世」という主張は成り立たない。もし14世紀から17世紀を近世とみなし、魔女狩りの時代はすべて近世に入ると主張したとしても、根底にあるのが12世紀に始まる異端審問であり、14世紀初頭のヨハネス22世のマニュフェストによって「魔術」が教会の管理する異端の一つに挙げられたことが転換期であることを考えるならば、魔女狩りは中世の「異端審問」の一形態であると見なされるため、やはり中世末期からのものと見るべきだろう。



―何をもって魔女裁判とするか。

名前は「魔女」だが、男性も広く裁かれたことは周知のとおりである。
結局何が問題かというと、魔術を使うこと、そのために悪魔と契約すること。悪魔と契約しなければ魔術は使えないはずであるから、何らかの魔術を使うということは悪魔との契約があったと見なされる。中には、とくべつ美味しい菓子を作れただけで魔女扱いされた悲劇的な裁判などもある(ペルーの事例だが)。

既に書いたとおり、魔術が異端審問で扱われる「異端」の中に加わったのは、14世紀のヨハネス22世からである。
そして15世紀末には、ドミニコ会の異端審問官が「魔女への鉄槌」というマニュフェストを出している。いわば魔女狩りルールブックである。これにより、魔女狩り現象は拡大していくことになる。

つまり魔女狩りとは、それ自体が独立した出来事なのではなく、悪魔と契約し魔術を使うという種類の「異端」の罪を犯した男女に対して行われた異端審問のことである、と整理することが出来る。「科学の時代」である近代には存在しえない現象、とも言える。

ちなみに他の「異端」には、同性愛や乱交、聖書の独自解釈やカトリック以外の宗派(カタリ派など)がある。




このへんが判りやすいのは以下。いわば教会史を主流側ではなく「異端」メインで語っている面白い切り口の本だ。
異端審問全般について書かれた本で、魔女裁判については最後の方に出てくる。

異端者たちのヨーロッパ (NHKブックス)
NHK出版
小田内 隆

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尚、今回はヨーロッパの話に絞ったので、それ以外の地理的に離れた場所での魔女狩りには触れていないが、ヨーロッパが植民地化した地域でも魔女狩りは行われている。その場合、ヨーロッパとは時代がずれる傾向にあるのに注意されたし。(南北アメリカなど)


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追加分

ちょうどいい本を見つけたので。読みやすくて面白かった。
この本でもやはり、魔女狩りは異端審問からの発展形で中世末期と位置付けられていた。

魔女狩り (岩波新書)
岩波書店
森島 恒雄

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