インダス文明といえばカーネリアン。その製造過程は複数民族の共同作業だった
タイトルのとおり、インダス文明の象徴的な遺物であるカーネリアン(紅玉髄)制のビーズの製造過程について。
カーネリアン・ビーズはメソポタミアにも多数輸出されていたが、実は原石がとれる場所からかなり距離のある町でも加工が行われていた形跡があるという。採掘されたものが加工場のある町に搬入され、加工後に輸出のために港まで運ばれる、という、広い範囲・複数集団を経る物流網こそが、インダス文明と言われているものの本体である。
その物流網の全容は今では分からないが、おそらくほぼ同じだろうという製造工程が今も生きているという。
これは現代の町カンバートでのビーズ製造工程だという。(出典: インダス 南アジア基層世界を探る)
現代ではそれぞれの工程で、関わるカースト/部族が異なるようだが、インダス文明期にも同じように、工程ごとにカースト/部族が異なる人々が関わっていたとすれば、それはつまりインダス文明の担い手は一つの民族や文化に属しないことを意味している。
インダス文明の担い手が何という民族だったのか、どういう言語が使われていたのか、という議論をたまに見かけることがある。しかし当時のインダス文明圏が、現代と同じく多民族・多文化・多言語の世界だったとすれば、その議論自体、そもそも出発点からして間違えている。現代のカーネリアン・ビーズの製造工程が古代のものとほぼ同じとするならば、そこに関わる人間集団のあり方も、もしかすると古代と同じなのかもしれない。
カーネリアン・ビーズはメソポタミアにも多数輸出されていたが、実は原石がとれる場所からかなり距離のある町でも加工が行われていた形跡があるという。採掘されたものが加工場のある町に搬入され、加工後に輸出のために港まで運ばれる、という、広い範囲・複数集団を経る物流網こそが、インダス文明と言われているものの本体である。
その物流網の全容は今では分からないが、おそらくほぼ同じだろうという製造工程が今も生きているという。
これは現代の町カンバートでのビーズ製造工程だという。(出典: インダス 南アジア基層世界を探る)
現代ではそれぞれの工程で、関わるカースト/部族が異なるようだが、インダス文明期にも同じように、工程ごとにカースト/部族が異なる人々が関わっていたとすれば、それはつまりインダス文明の担い手は一つの民族や文化に属しないことを意味している。
インダス文明の担い手が何という民族だったのか、どういう言語が使われていたのか、という議論をたまに見かけることがある。しかし当時のインダス文明圏が、現代と同じく多民族・多文化・多言語の世界だったとすれば、その議論自体、そもそも出発点からして間違えている。現代のカーネリアン・ビーズの製造工程が古代のものとほぼ同じとするならば、そこに関わる人間集団のあり方も、もしかすると古代と同じなのかもしれない。
