書きたいことは判るが味は淡白「コーヒーの世界史」
読みながら、何でこんなに面白くないのかな? と思っていた。
いや、書きたいことは判るし、タイトルや章立てのやり方はいいのだが… 文章として… 無難すぎて全く面白くない。教科書でも読まされているような、というか教科書でももうちょっとは面白いだろう的な本であった。
この本は、コーヒーがいかにして発見され、人間に利用されるようになったのか。という話から、日本でカフェが流行しはじめた歴史、近年のスターバックスの躍進まで時代を追って書かれた通史である。そして途中にちょいちょい、コーヒーに関する雑学的な話が入っている。
内容的に悪くはないのだが、いかんせん全然面白くない。刺さるポイントが無い。文章がつるっとしていて、事実を順番に並べただけである。よく言えば無難、悪く言えば内容が借り物くさい。あまりにも情報を整然と並べすぎたのが面白くなくなった原因だろうと思う。コーヒー好きだが専門ではないと著者は断っているが、専門ではないにせよ自分の好きなことについて書くのなら面白いものを書くことが多いはずで、なんというか…残念な本になってしまっていた。
この本とほぼ同じ内容を扱った別の本がある。こちらは文句なくとても面白い本である。
1/3ほど読んで、おもわずこちらの本を読み返してしまった。同じ内容を書いているのに、どうしてこれほどまでに面白さに違いが出るのか読み比べてみたかったのだ。
たぶん、言葉のチョイスの巧さに大きな差がある。
情報をただ並べただけでは、いい本にはならんのだな、ということを学んだ…。
さて、面白くないと文句ばかり言ったが、「コーヒーの世界史」にもいいところはある。コーヒー豆がエチオピアからイエメンに渡るあたりの歴史的には空白になっている過程の推測を細かく書いてくれたこと。エチオピアで最初にコーヒー豆を利用しはじめたのがどの地域かのヒントが書いてあること。エチオピアの伝統とされるコーヒー・セレモニーの歴史が実はそんなに古くないという話が書かれていること。
自分としては、そこの部分の資料を探していたので、本自体には満足している。
逆に言うと15世紀から20世紀の部分は「もう別の本で読んだからいっか…」という感じで流し読みしてしまった。10世紀以前と20世以降の部分は面白かった。
いや、書きたいことは判るし、タイトルや章立てのやり方はいいのだが… 文章として… 無難すぎて全く面白くない。教科書でも読まされているような、というか教科書でももうちょっとは面白いだろう的な本であった。
この本は、コーヒーがいかにして発見され、人間に利用されるようになったのか。という話から、日本でカフェが流行しはじめた歴史、近年のスターバックスの躍進まで時代を追って書かれた通史である。そして途中にちょいちょい、コーヒーに関する雑学的な話が入っている。
内容的に悪くはないのだが、いかんせん全然面白くない。刺さるポイントが無い。文章がつるっとしていて、事実を順番に並べただけである。よく言えば無難、悪く言えば内容が借り物くさい。あまりにも情報を整然と並べすぎたのが面白くなくなった原因だろうと思う。コーヒー好きだが専門ではないと著者は断っているが、専門ではないにせよ自分の好きなことについて書くのなら面白いものを書くことが多いはずで、なんというか…残念な本になってしまっていた。
この本とほぼ同じ内容を扱った別の本がある。こちらは文句なくとても面白い本である。
1/3ほど読んで、おもわずこちらの本を読み返してしまった。同じ内容を書いているのに、どうしてこれほどまでに面白さに違いが出るのか読み比べてみたかったのだ。
たぶん、言葉のチョイスの巧さに大きな差がある。
情報をただ並べただけでは、いい本にはならんのだな、ということを学んだ…。
さて、面白くないと文句ばかり言ったが、「コーヒーの世界史」にもいいところはある。コーヒー豆がエチオピアからイエメンに渡るあたりの歴史的には空白になっている過程の推測を細かく書いてくれたこと。エチオピアで最初にコーヒー豆を利用しはじめたのがどの地域かのヒントが書いてあること。エチオピアの伝統とされるコーヒー・セレモニーの歴史が実はそんなに古くないという話が書かれていること。
自分としては、そこの部分の資料を探していたので、本自体には満足している。
逆に言うと15世紀から20世紀の部分は「もう別の本で読んだからいっか…」という感じで流し読みしてしまった。10世紀以前と20世以降の部分は面白かった。