古代のイベリア半島で「男性だけ」が総入れ替え、謎の大量移住は本当にあったのか

最近このテの研究がぽつぽつ出てくるようになってるけど、何となく嫌な予感しかしない。もしかしてDNAの分析部分ではなく、統計学的な手法の部分に何か問題があるのではないかと…。

ナショジオ日本語記事

古代南欧で謎の「男性大量流入」、DNA調査で判明
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/031800167/?P=1

BBCのサマリー

Ancient migration transformed Spain's DNA
https://www.bbc.com/news/science-environment-47540792

Scienceの元論文

The genomic history of the Iberian Peninsula over the past 8000 years
http://science.sciencemag.org/content/363/6432/1230


元論文の研究では、イベリア半島に絞って紀元前6,000年から紀元1,600年の間に住んでいた403人のイベリア人からDNAを抽出し分析したとなっている。サンプル分布はこんな感じになっている。

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今回あらたに分析された、イベリアから発見されている古代人のサンプル数

4 中石器時代
44 新石器時代
47 銅器時代
53 青銅器時代
24 鉄器時代
99 それ以降の歴史時代のイベリア人

これに加えて過去に公表されていた132人分のデータを合わせ、地域の古代人の分析結果と総合して結果を出している。サンプル数やサンプルのバラつきには問題なさそうだ。

男性のみ入れ替わったとしている根拠はY染色体のハプログループ属性。
ゲノム全体で40%が入れ替わったとしているのは全ゲノムデータだけどさすがに古代人のは無理だったらしく3-16世紀の歴史時代のサンプルで分析しているようだが、これを見ると北アフリカ(環地中海世界)の遺伝子流入が多くて、イベリアの人々のルーツの半分はサハラ以北の北アフリカと言ってよさそうだ。

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さて、シロウトなりにこの研究の元論文を眺めていると、どこに注目して情報を切り出すかでかなり印象が変わる研究だな、という印象を受けた。そして、表現する方法によってもかなり誤解を生みそうな研究である。

古代のイベリアに早い段階から北アフリカからの移住者がいたのが分かった、北アフリカからの影響が大きかった、ということ、10世紀以降でサブサハラ、つまりサハラ以南にルーツを持つ人さえ居たというのも観点として面白いだろう。
「イベリア半島の人の移住の歴史は今まで分かっていたより複雑だった」という結論は妥当と思われる。

しかし、紀元前2500年位の時点で大量の移住があり、紀元前2000年頃までにイベリア半島の男性の遺伝子が一層された、という結論はどうだろうか…。ましてや、男性の移民が大量に流入したとかは飛躍しすぎでは…。

石器時代の終わりに疫病が流行り、人が大量に絶滅したのでは? という説は前からあり、ステップ地方から持ち込まれたペスト菌のような伝染病が原因かもしれないという説が唱えられたことはあった。
ちなみに最古のペスト菌は、現時点では約5000年前のデンマークで見つかっている。

https://55096962.seesaa.net/article/201812article_10.html

ただ、疫病が流行って人が死ぬのなら、移住者の数も減るだろうし、男女ともまんべんなく死なないとおかしい。

置き換わった時期に大規模な戦争が起きたなどの考古学的な証拠はないので、移住者がすぐれた文化を持っていて地位が高かったので財力を持つ男性のほうが生殖に有利だったのでは、という説も唱えられているが、ステップ地域からの移民を想定するのなら、そもそも騎馬民族は大量の財産なんて持たずに移住するはずなので説として弱いと思う。

このテの「人が置き換わった」研究でいつも心配なのは、統計学的な「偶然」や「偏り」が考慮されているのか? という点である。

どういうことかというと、こういうこと。

まず、Y染色体は男性しか持っていないので、「息子が生まれた場合のみ」継承されるという前提がある。(ちなみにミトコンドリアは卵子のものしか継承されないので、母から娘のみ)

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自然状態では男女はそれぞれ50%の確率で誕生するが、各カップルに均一に誕生するわけではない。
ある夫婦には男ばかり5人生まれ、別のカップルには女ばかり5人生まれる、ということが起こりえる。
それらの偶然を重ねていくと、ある時点で「劇的に人が入れ替わった」ように見える瞬間が発生する可能性がある。


具体的な例を挙げてみよう。

下図のように、ある集団に外来系の男性(青い●)が入ってきて、たまたま息子が多く生まれた場合を想定してみよう。二世代目でY染色体は外来系の男性のもののみになる。そして、大量の移民があったわけではなく、男性が入れ替わったわけでもないのに、5世代目には外来系の遺伝子25%の集団が出来上がる。

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これは少数でやってみた簡単なシミュレーションだが、古代世界においては、人間の数が現代よりはるかに少なく、人口密度も低く、従って近くにいる集団との婚姻確率が高かったことを想起してほしい。

案外、遺伝情報がある時点でごっそり書き換わったように見える原因は、伯父-姪で結婚するなどの、現代でも佐様々な民族で見られる近親婚システムなんじゃないか?

それと、あと人は移住するものなので、地域を固定して見てしまうと人が入れ替わったように見えることもあるのではないか、という疑問もある。

つまり、男女の子供の生まれる確率の偏りや、時代・地域の恣意的な切り取りを行えば、類似したすべての研究で「人が劇的に入れ替わった」という結論が出てしまうんじゃないかという懸念だ。統計や確率はあくまで数字なので、どう解釈してどう使うかで結果は変わる。考古学的な証拠とDNAの分析結果がすれ違う理由は、そのへんにあるのかもしれない。



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補足として、ミトコンドリア・イブが別に人類の唯一の祖先ではなく、現代人に残っている情報から遡れる共通祖先にすぎないという例も挙げておきたい。下の図で言うと、現代に残っているのは水色の情報だけなのだが、祖先としてはピンクやオレンジの女性もいる。ミトコンドリアは母から娘にしか継承されないため、息子しか持たなかった母親のミトコンドリアDNAの情報は、そこで途切れてしまうのだ。

尚、この例でも第4~5世代でミトコンドリアDNAが劇的に置き換わったように見えるが、その時点で大量の女性移民や女性の置き換えが発生したわけではない。

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類似研究

「紀元前2000年にブリテン島に住む人が90%入れ替わった」説の問題点を記載しておく。
https://55096962.seesaa.net/article/201902article_12.html


多方向から研究した場合、研究結果が一致するのであればその結論は正しい可能性が高いけど、どれか1つだけとびぬけて異なる結果が出る場合は、まず手法から疑ってみるのが定石かなぁ。

統計学的な考慮もれや結論を導き出す方法に不備があるとすると、これから出てくる類似研究はすべて「500年くらいで人が劇的に入れ替わった」ことになるはずなので、ちょっと様子見…。劇的に人が入れ替わってるのに考古学的にみると文化層が切れてないんだけど? とかで謎ばかり生みだす暗黒時代になったりして。

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