キリストはポックリ死に、マリアは悲しみで飲んだくれる。あなたの知らないマヤの世界

真面目なフィールドワークの本なのだが、ちょいちょいぶっとんだ内容が入っていて、異次元の世界を覗いているような気持ちにさせられる。「グローバル化時代を生きるマヤの人々」という本。




マヤ、といっても言語も文化も色々あるわけだが、この本のメインはグァテマラの話。場所とマヤ系諸語の分布については以下を参照。マヤ系の諸語といっても、その内部での差異は大きく、必ずしも互いに意思疎通が容易なよけではないという。それは、日本語でいう東北弁と沖縄弁の相互会話が難しいのと同じようなものだと思う。

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本のジャンルとしてはフィールドワークとなっていて、著者が現地で住み込み調査をして得られた情報が多いのだが、中には、かつてグァテマラの国軍が住人を虐殺した話など、政治的な話題も含まれる。(最近の話なので犠牲者がまだ生きており、実際にその話を聞くことができるので、これもフィールドワークの分野のひとつになる)

興味深い内容が多かったのだが、いちばん面白いと思ったのは、キリスト教がいかに現地で変容していったか、という内容だった。

キリストの死と復活は普通に祝っているのだが、その儀式とは別に、マシモン像(サン・シモンという聖人)の死と復活の儀式が行われ、むしろそっちのほうが祭りの本体となっている。キリストの棺がうやうやしく捧げ持たれ、教会へと進む間、行列の中を、復活を遂げたマシモン像が笑いながら駆け抜け、追い越していく…。

これは何とも形容のしがたい祭りなので詳細は本で読んで欲しいのだが、古代マヤの祖霊復活の信仰や湖の女神、死の神など、様々な伝統の影が見え隠れする。さらに聖母マリアはキリストの死を悲しんで酒を飲んで踊り、悲しみのあまり自殺までするという。これはマヤの「自殺の女神」イシュ・タブ信仰を想起させる。少なくとも布教されたカトリックの信仰とはあまりにも違う。ほぼ別物と言っていい。


自殺の女神イシュ・タブ「ただの自殺者に興味はありません。吊った者だけ私のところへ来なさい」
https://55096962.seesaa.net/article/200909article_10.html



現代における戦いの記録もある。

祖先伝来の土地をヨーロッパ移民というよそ者に奪われたと感じている人々による土地奪還の運動や、「コロンブスの新大陸発見500年」を祝う祭りに」マヤ民族抵抗500年」をぶつける反骨精神(というか、彼らからしたら当然の感情)、それに対する、数の上では少数派である移民の子孫たちの苦い思い。
政治経済ジャンルの本ではないので、多数派であるマヤ人と少数派である移民系の人々との経済格差や政治的な問題についてはそれほど深堀りはされていなかったが、現地の歴史と今後を考える上では当然避けて通れない問題だろう。



現代に生きるマヤ人は、古代にそこに生きていた人たちの子孫でありながら、「現代人」でもある。

マヤは失われた古代文明なんかじゃない、というのは前提として、「伝統の継承」や「古代文明の子孫」という切り口だけでは不十分なんである。文化や伝統というのは、時代にあわせて「変化」する。それが生きた文化である。500年も経って全く同じであるわけがなく、逆に、違っていることこそ、かつての文化や伝統が生きたまま現代に繋がっている傍証でもある。

マヤ人が現代人になったように、古来のマヤの神や信仰も現代風の信仰として変容し、500年前に押し付けられたヨーロッパの宗教を飲み込んで、「自殺する聖母マリア」や、キリストの復活祭で捧げ持たれる「神聖な包み」として生き残らせた。
そこに、現代のグローバリズムの時代に対応して生きるマヤ人たちの逞しさを見ることができる。


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参考までに、マシモン像(サン・シモン)はこんな感じの神様
軍服を着ている理由についても、本の中にいくつかの推論が書かれていたが、結局よく分からないらしい

https://gigazine.net/news/20120108-sansimon-guatemala/

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