南インドの巨石文化が良く分からないので、とりあえず情報をまとめておくことにした
いちおう日本に研究してる人はいるので日本語の資料はあるのだが、日本語でも英語でもまとまった資料が見つからなくて、あーもー全体がよくわかんねーよ! ってなってきたので、とりあえず分かってることだけまとめておくことにした。
科研費DBから: 南インド先史文化編年の構築
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-15H05164/
*ここから辿ると紀要や論文などにたどり着ける
【巨石文化ってどんな感じ?】
石を積み上げて作った古墳みたいなのとか、ストーンサークルみたいなのとか、形状はさまざま。フランスのブルターニュあたりやブリテン島、アイルランドなどで見られる「ドルメン」に似た形状のものも多い。
【時代】
紀元前1000年頃~紀元後になるくらいの時代
時代的にはインダス文明の衰退後、約800年が経過したあとに発生。
鉄器時代にあたるが、初期にはまだ鉄は貴重で、それゆえ副葬品になったとも考えられている。ちなみにインドで最古の製鉄の証拠は紀元前1100年頃のものと推定されている。
参考までにインダス文明とメソポタミアの関連年表はこのへんとか
https://55096962.seesaa.net/article/201602article_16.html
あとPDFから年表を出してみた
http://southasia.world.coocan.jp/Iron%20Age%20in%20South%20Asia.pdf
【場所】
南インド(インド半島部)とざっくり表現されているが、要は北部の山岳じゃないところ以外。面白いことにインダス文明地域とは全くかぶっていない。時代からしても、別の文明の流れに属している。
特筆すべきはその分布の広さ。日本で言うと北海道から沖縄まですっぽり入るくらいの面積を網羅している。だが、年代の分類や各々遺跡の調査が進んでいない。
【遺跡の数】
およそ2,500。めちゃくちゃ多い。
遺跡の位置マップは以下
http://southindianprehistory.blogspot.com/2016/04/blog-post.html
代表的な遺跡のリストなどは以下
https://sites.google.com/site/southindiachronology/home/sitedatabase
あと、写真の入った記事は以下
http://southindianprehistory.blogspot.com/2017/04/2017224330.html
一番興味を引き付けられたのはクマティ遺跡。
なんだこの石の柱…人間に似せる努力すらしてない人型の石の柱とか、なんの意味があるんだ。呪詛を代わりに受けさせるヒトガタみたいなやつとか??
【今んとこよく分からないこと】
・これらの遺跡群が、どこから、どう広がっていったのか。どう発達したのか。
・文化の担い手がどんな人なのか。インダス文明とは繋がらない? それとも、一部繋がっている?(ビーズの作り方とかは似てる)
範囲が広すぎること、時代が長いことも気になる。単一の民族や国によるものではなさそうに思えるが…
・なぜこの文化は途切れたのか
・なぜ石を使おうと思ったのか、ストーンサークルや人型に削った石などの背景にある思想/宗教はどんなものか
既に研究されているかもしれないが自分が見つけられていないor理解出来ていない。
科研費DBから: 南インド先史文化編年の構築
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-15H05164/
*ここから辿ると紀要や論文などにたどり着ける
【巨石文化ってどんな感じ?】
石を積み上げて作った古墳みたいなのとか、ストーンサークルみたいなのとか、形状はさまざま。フランスのブルターニュあたりやブリテン島、アイルランドなどで見られる「ドルメン」に似た形状のものも多い。
【時代】
紀元前1000年頃~紀元後になるくらいの時代
時代的にはインダス文明の衰退後、約800年が経過したあとに発生。
鉄器時代にあたるが、初期にはまだ鉄は貴重で、それゆえ副葬品になったとも考えられている。ちなみにインドで最古の製鉄の証拠は紀元前1100年頃のものと推定されている。
参考までにインダス文明とメソポタミアの関連年表はこのへんとか
https://55096962.seesaa.net/article/201602article_16.html
あとPDFから年表を出してみた
http://southasia.world.coocan.jp/Iron%20Age%20in%20South%20Asia.pdf
【場所】
南インド(インド半島部)とざっくり表現されているが、要は北部の山岳じゃないところ以外。面白いことにインダス文明地域とは全くかぶっていない。時代からしても、別の文明の流れに属している。
特筆すべきはその分布の広さ。日本で言うと北海道から沖縄まですっぽり入るくらいの面積を網羅している。だが、年代の分類や各々遺跡の調査が進んでいない。
【遺跡の数】
およそ2,500。めちゃくちゃ多い。
遺跡の位置マップは以下
http://southindianprehistory.blogspot.com/2016/04/blog-post.html
代表的な遺跡のリストなどは以下
https://sites.google.com/site/southindiachronology/home/sitedatabase
あと、写真の入った記事は以下
http://southindianprehistory.blogspot.com/2017/04/2017224330.html
一番興味を引き付けられたのはクマティ遺跡。
なんだこの石の柱…人間に似せる努力すらしてない人型の石の柱とか、なんの意味があるんだ。呪詛を代わりに受けさせるヒトガタみたいなやつとか??
【今んとこよく分からないこと】
・これらの遺跡群が、どこから、どう広がっていったのか。どう発達したのか。
・文化の担い手がどんな人なのか。インダス文明とは繋がらない? それとも、一部繋がっている?(ビーズの作り方とかは似てる)
範囲が広すぎること、時代が長いことも気になる。単一の民族や国によるものではなさそうに思えるが…
・なぜこの文化は途切れたのか
・なぜ石を使おうと思ったのか、ストーンサークルや人型に削った石などの背景にある思想/宗教はどんなものか
既に研究されているかもしれないが自分が見つけられていないor理解出来ていない。