パレスチナ自治区/ベイティン遺跡の発掘と、「ヤコブの石」かもしれないものの発見
アレ、なんか記事がどこにもないぞ…と気づいてしまったので書いておこう。
旧約聖書に出てくる「ヤコブの石」と信じられ、祀られていた石と思われるものと、記念堂が発掘されたよという話。
まずベイティン遺跡がどこにあって、どういう遺跡かという資料がココ
https://www.jcic-heritage.jp/project/middle_east_palestine_201312/
詳しくは旧約の該当シーンを参照なのだが、家から逃げ出したヤコブが石を枕に眠り、夢で天国へのはしごや神の姿を見て信仰に目覚めたというエピソードがある。(創世期28:10-22)
そのエピソードの舞台となったのが現在のベイティン村付近だったと考えられていたが、別の説もあり実際はどこだったのか良く分からなかったという。
で今回、日本から発掘にいった調査隊がベイティン村に残されたビザンツ時代の教会堂を発掘してみたら、床の部分に意味深な岩が組み込まれていたので、これがヤコブの石と信じられていたものではないか? というのである。
ヤコブの石と「信じられていた」とカッコつきになるのは、ヤコブという人物が実在したことがあるのか、石を枕にというエピソードが史実なのか、といった問題に誰も答えられないからだ。ただし、後世の伝説として「~というエピソードが信じられていた」のは事実。少なくとも4世紀、ビザンツ支配の時代には、このあたりの地にヤコブの石を巡礼に来たという記録があるようなので、その頃には何かあったはずなのである。
つまり、考古学者が見つけたのは、4世紀当時にヤコブの石と信じられていたものとそれを祀るために作られた教会堂だった可能性がある。
教会堂はビザンツ時代の終わり頃にいちど破壊されており、十字軍の始まる12-13世紀ごろに作り直されているという。床の石は教会堂が破壊されたときに一緒に砕かれており、教会堂が再建されるときに出来る限り修復された状態で床に埋め込まれているという。イスラーム支配の時代に偶像として壊されたのかもしれない。元は黒光りする大きな一枚岩だったようだ。
***
というわけで、この発見でパレスチナ自治区に旧約聖書がらみの観光地がひとつ、出来たってことで。
しかしまあ、ここが本当に旧約聖書に出てくるベテルだったとすると、ヤコブが建てた石の柱や、列王記に記された預言者の墓もどこかにしつらえられてしそうで、まだ色々出てきそうな気はするね。
聖書関連で作られた/制定された観光地&遺物って、ほんといっぱいあるからね…。
旧約聖書に出てくる「ヤコブの石」と信じられ、祀られていた石と思われるものと、記念堂が発掘されたよという話。
まずベイティン遺跡がどこにあって、どういう遺跡かという資料がココ
https://www.jcic-heritage.jp/project/middle_east_palestine_201312/
"ベイティン(べテル)の町の重要性
特に青銅器時代から鉄器時代のこの場所は、旧約聖書にしばしば登場するベテルの町だったと考えられ、聖書の世界や信仰を理解する上で欠かすことのできない貴重な遺跡である。ここはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の始祖となった族長アブラハムやヤコブ が宿営した場所で、特にヤコブは梯子を上り下りする天使の幻を見たり、イスラエルと名前を変えるよう神の指示を受けたりした。イスラエル王国 が南北に分裂すると、この場所は北王国イスラエルの国家神殿となり、「金の子牛」が置かれたとされている。"
詳しくは旧約の該当シーンを参照なのだが、家から逃げ出したヤコブが石を枕に眠り、夢で天国へのはしごや神の姿を見て信仰に目覚めたというエピソードがある。(創世期28:10-22)
そのエピソードの舞台となったのが現在のベイティン村付近だったと考えられていたが、別の説もあり実際はどこだったのか良く分からなかったという。
で今回、日本から発掘にいった調査隊がベイティン村に残されたビザンツ時代の教会堂を発掘してみたら、床の部分に意味深な岩が組み込まれていたので、これがヤコブの石と信じられていたものではないか? というのである。
ヤコブの石と「信じられていた」とカッコつきになるのは、ヤコブという人物が実在したことがあるのか、石を枕にというエピソードが史実なのか、といった問題に誰も答えられないからだ。ただし、後世の伝説として「~というエピソードが信じられていた」のは事実。少なくとも4世紀、ビザンツ支配の時代には、このあたりの地にヤコブの石を巡礼に来たという記録があるようなので、その頃には何かあったはずなのである。
つまり、考古学者が見つけたのは、4世紀当時にヤコブの石と信じられていたものとそれを祀るために作られた教会堂だった可能性がある。
教会堂はビザンツ時代の終わり頃にいちど破壊されており、十字軍の始まる12-13世紀ごろに作り直されているという。床の石は教会堂が破壊されたときに一緒に砕かれており、教会堂が再建されるときに出来る限り修復された状態で床に埋め込まれているという。イスラーム支配の時代に偶像として壊されたのかもしれない。元は黒光りする大きな一枚岩だったようだ。
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というわけで、この発見でパレスチナ自治区に旧約聖書がらみの観光地がひとつ、出来たってことで。
しかしまあ、ここが本当に旧約聖書に出てくるベテルだったとすると、ヤコブが建てた石の柱や、列王記に記された預言者の墓もどこかにしつらえられてしそうで、まだ色々出てきそうな気はするね。
聖書関連で作られた/制定された観光地&遺物って、ほんといっぱいあるからね…。
