歴史の転換期/エジプト・北シナイで第26王朝の要塞を発見
エジプトの北シナイ、Tell El-Kadwa で、第26王朝のプサメティク1世までさかのぼると思われる要塞を発見した、というニュース。
東側の壁は2008年に見つかっていたようだが、全貌が明らかになったのが最近。
要塞は何度か立て直されていて、古い要塞は壁幅が約7メートル、塔は4つ。新しい要塞は壁幅11メートル、16の塔があるというので、拡張されていったようだ。
この発見は一見地味なようで結構重要。何故かというと、エジプトの政策が大きく転換していく時期にあたるからだ。
Part of 26th Dynasty fortress uncovered in North Sinai
Read more at https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2019/05/part-of-26th-dynasty-fortress-uncovered.html
Ancient Egyptian Military Fortress Discovered in North Sinai
http://luxortimes.com/2019/05/ancient-egyptian-military-fortress-discovered-in-north-sinai/
まず当時の国際情勢として、アッシリア帝国が台頭しており、エジプトはその影響下にある。
しかし手を広げ過ぎており、自国内でバビロニアが反乱を起こしてエジプトに手が回らなくなったスキに、こっそり反アッシリア布陣を整えてパレスチナに手を伸ばし始めるのがプサメティク1世の時代。
ちなみに彼の娘がアメン神の「神妻」としてテーベで権力を振るったニトクリス王女。(某ゲームに出てくるニトクリスは、この実在したニトクリスのイメージが元ネタの一部となって作られた伝説上の存在)
プサメティク1世の時代に、ナイル下流に交易都市ナウクラティスが作られ、ギリシャとの関係が強まる。
なのでこの王様の時代に北シナイのベストポジションに要塞が築かれたというのは、そこを起点にパレスチナ掌握に行った可能性が高いということ。プサメティク1世の時代に造られているから、歴史とリンクして重要なのだ。今は何も残ってない廃墟のように見えても、きっとここにはエジプトの歴史の転換期にあたるドラマがあった。
ちなみにプサメティク1世の次が、名前の出オチ感で有名なネコ2世。ネコ2世の時代にアッシリアは滅亡。
ネコ2世はフェニキア人を雇ってアフリカ一周をさせたことで有名。また、海軍を強化して巨大な三段櫂船を建造させたり、トトメス3世いらいはじめてユーフラテス川を越えて軍を進めたり、完成はしなかったようだけどスエズ運河に匹敵する運河プロジェクトを推し進めたりと、名前の出オチ感とは裏腹にやることやってる王様である。
このあたりの王様たちは、従来の「古代」エジプトの伝統を破る政策をとってることが多くて、時代の転換期を感じさせる。
あと、実はこのあたりのエジプトのファラオたちは今でいうイスラエル、当時のユダ王国にだいぶちょっかいをかけており、傀儡王を即位させたり、攻め込んだりしている。旧約聖書でやたらとエジプトが悪く書かれるのは、だいたいこのへんの王様たちのやったことを「1000年恨み続ける(ゴゴゴ」的な精神で記録したから、というのもだいぶ大きい…と思う…。
****
尚、アッシリア滅亡後の東地中海世界は、アッシリア滅亡→新バビロニア一時の栄光→ペルシア台頭 で、ペルシア vs ギリシャ (&エジプト) からのアレキサンダー大王登場へと繋がっていく。プサメティク1世の時代あたりから、エジプトにはギリシャ人入植地が増え、ギリシャ人傭兵を雇って戦争するというのがスタンダードになっていくが、その数百年後にはギリシャ系の王がエジプトを統治するようになる、ということ。
大きな流れとして見ると、第26王朝は古代エジプト王朝末期の転換期だったと思うのです。
****
あと、おまけでこのへん
「バビロニア復興したで!」から「ごめん滅びたわ」まで。ネブカドネザル2世とその時代
https://55096962.seesaa.net/article/201702article_17.html
東側の壁は2008年に見つかっていたようだが、全貌が明らかになったのが最近。
要塞は何度か立て直されていて、古い要塞は壁幅が約7メートル、塔は4つ。新しい要塞は壁幅11メートル、16の塔があるというので、拡張されていったようだ。
この発見は一見地味なようで結構重要。何故かというと、エジプトの政策が大きく転換していく時期にあたるからだ。
Part of 26th Dynasty fortress uncovered in North Sinai
Read more at https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2019/05/part-of-26th-dynasty-fortress-uncovered.html
Ancient Egyptian Military Fortress Discovered in North Sinai
http://luxortimes.com/2019/05/ancient-egyptian-military-fortress-discovered-in-north-sinai/
まず当時の国際情勢として、アッシリア帝国が台頭しており、エジプトはその影響下にある。
しかし手を広げ過ぎており、自国内でバビロニアが反乱を起こしてエジプトに手が回らなくなったスキに、こっそり反アッシリア布陣を整えてパレスチナに手を伸ばし始めるのがプサメティク1世の時代。
ちなみに彼の娘がアメン神の「神妻」としてテーベで権力を振るったニトクリス王女。(某ゲームに出てくるニトクリスは、この実在したニトクリスのイメージが元ネタの一部となって作られた伝説上の存在)
プサメティク1世の時代に、ナイル下流に交易都市ナウクラティスが作られ、ギリシャとの関係が強まる。
なのでこの王様の時代に北シナイのベストポジションに要塞が築かれたというのは、そこを起点にパレスチナ掌握に行った可能性が高いということ。プサメティク1世の時代に造られているから、歴史とリンクして重要なのだ。今は何も残ってない廃墟のように見えても、きっとここにはエジプトの歴史の転換期にあたるドラマがあった。
ちなみにプサメティク1世の次が、名前の出オチ感で有名なネコ2世。ネコ2世の時代にアッシリアは滅亡。
ネコ2世はフェニキア人を雇ってアフリカ一周をさせたことで有名。また、海軍を強化して巨大な三段櫂船を建造させたり、トトメス3世いらいはじめてユーフラテス川を越えて軍を進めたり、完成はしなかったようだけどスエズ運河に匹敵する運河プロジェクトを推し進めたりと、名前の出オチ感とは裏腹にやることやってる王様である。
このあたりの王様たちは、従来の「古代」エジプトの伝統を破る政策をとってることが多くて、時代の転換期を感じさせる。
あと、実はこのあたりのエジプトのファラオたちは今でいうイスラエル、当時のユダ王国にだいぶちょっかいをかけており、傀儡王を即位させたり、攻め込んだりしている。旧約聖書でやたらとエジプトが悪く書かれるのは、だいたいこのへんの王様たちのやったことを「1000年恨み続ける(ゴゴゴ」的な精神で記録したから、というのもだいぶ大きい…と思う…。
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尚、アッシリア滅亡後の東地中海世界は、アッシリア滅亡→新バビロニア一時の栄光→ペルシア台頭 で、ペルシア vs ギリシャ (&エジプト) からのアレキサンダー大王登場へと繋がっていく。プサメティク1世の時代あたりから、エジプトにはギリシャ人入植地が増え、ギリシャ人傭兵を雇って戦争するというのがスタンダードになっていくが、その数百年後にはギリシャ系の王がエジプトを統治するようになる、ということ。
大きな流れとして見ると、第26王朝は古代エジプト王朝末期の転換期だったと思うのです。
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あと、おまけでこのへん
「バビロニア復興したで!」から「ごめん滅びたわ」まで。ネブカドネザル2世とその時代
https://55096962.seesaa.net/article/201702article_17.html