エジプトでセンウセルト2世のピラミッドが一般公開。中に入れる。
中王国時代のピラミッドで中入れるやつが出てくると嬉しい…嬉しいけど外装だいぶ崩れてる…耐久性大丈夫か…。
というわけで、7月からエジプト中部のイル・ラフーン(エル・ラフーン、アル・ラフーンとも)にあるセンウセルト2世のピラミッドが一般公開なのですよ。第十二王朝。中王国時代。
Egypt's 4000-year-old Lahun pyramid opens to the public
https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2019/07/egypts-4000-year-old-lahun-pyramid.html

ギザの大ピラミッドは全部石材で作られているが、この時代のピラミッドは全て石材では作れずに、玄室まわりは石材、その周囲が日干しレンガ、外装にまた石、というように、内部はほぼ泥で作っている。これは一般的には「より安価に作るため」と説明されることが多いのだが、ぶっちゃけ日干しレンガを大量に作るのも手間がかかるので、実際には
・場所的に採石場から遠くなった
・石材を切り出して運搬するのに季節が限定される(ナイルが増水しないと水路が使えない)
・古王国時代に大きなピラミッド建てすぎて良質な石材が不足
といった理由が重なったからだと思われる。
ただ内部がレンガ造りになってしまったため、耐久性は下がった。
外装の石がはがれたあとは、写真のように内部のレンガが露出し、長年の風雨で少しずつ泥が溶けて流れてしまうことに…。これが中王国時代のピラミッドがただの「土くれの山」と化していることが多い理由。
ただし今回の内部公開からも判るように、内部の玄室を覆う石組はしっかりしている。また、ピラミッド周りに排水用の溝を掘って砂利を敷き詰めるという構造もあり、ピラミッドが長持ちするよう苦心した跡がうかがえる。
センウセルト2世のピラミッドのユニークなところは、伝統に従わず、ピラミッドの入り口を西側に設けたこと。しかも王女の墓の真下に正面玄関を作ったので、最初に発掘しにきたフリンダース・ピートリは見つけるのに2カ月かかったという。しかも地下構造が迷路っぽくなっている。
それでも盗掘は免れておらず、見つかったものは足の骨と頭飾りの一部だけだ。
センウセルト2世のピラミッドは、古代からのエジプトの穀倉地帯であるファイユームとナイル川の合流地点にある。
それは、この時代から後、歴代の王たちがファイユームの灌漑に力を入れ始める予兆でもある。エジプトの中心はナイル下流から上流へ、死後の復活信仰も北天の沈まぬ星々から地下世界の主オシリスへ。時代は変わりつつあった。
*****
参考までに中王国時代のファラオ様一覧とか
http://www.moonover.jp/bekkan/chorono/index-tuu.htm
前後のファラオが濃いのでセンちゃん埋もれがちだけど、ピラミッドの作りとか見るに結構チャレンジ的な王様だったと思うのよね。
というわけで、7月からエジプト中部のイル・ラフーン(エル・ラフーン、アル・ラフーンとも)にあるセンウセルト2世のピラミッドが一般公開なのですよ。第十二王朝。中王国時代。
Egypt's 4000-year-old Lahun pyramid opens to the public
https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2019/07/egypts-4000-year-old-lahun-pyramid.html
ギザの大ピラミッドは全部石材で作られているが、この時代のピラミッドは全て石材では作れずに、玄室まわりは石材、その周囲が日干しレンガ、外装にまた石、というように、内部はほぼ泥で作っている。これは一般的には「より安価に作るため」と説明されることが多いのだが、ぶっちゃけ日干しレンガを大量に作るのも手間がかかるので、実際には
・場所的に採石場から遠くなった
・石材を切り出して運搬するのに季節が限定される(ナイルが増水しないと水路が使えない)
・古王国時代に大きなピラミッド建てすぎて良質な石材が不足
といった理由が重なったからだと思われる。
ただ内部がレンガ造りになってしまったため、耐久性は下がった。
外装の石がはがれたあとは、写真のように内部のレンガが露出し、長年の風雨で少しずつ泥が溶けて流れてしまうことに…。これが中王国時代のピラミッドがただの「土くれの山」と化していることが多い理由。
ただし今回の内部公開からも判るように、内部の玄室を覆う石組はしっかりしている。また、ピラミッド周りに排水用の溝を掘って砂利を敷き詰めるという構造もあり、ピラミッドが長持ちするよう苦心した跡がうかがえる。
センウセルト2世のピラミッドのユニークなところは、伝統に従わず、ピラミッドの入り口を西側に設けたこと。しかも王女の墓の真下に正面玄関を作ったので、最初に発掘しにきたフリンダース・ピートリは見つけるのに2カ月かかったという。しかも地下構造が迷路っぽくなっている。
それでも盗掘は免れておらず、見つかったものは足の骨と頭飾りの一部だけだ。
センウセルト2世のピラミッドは、古代からのエジプトの穀倉地帯であるファイユームとナイル川の合流地点にある。
それは、この時代から後、歴代の王たちがファイユームの灌漑に力を入れ始める予兆でもある。エジプトの中心はナイル下流から上流へ、死後の復活信仰も北天の沈まぬ星々から地下世界の主オシリスへ。時代は変わりつつあった。
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参考までに中王国時代のファラオ様一覧とか
http://www.moonover.jp/bekkan/chorono/index-tuu.htm
前後のファラオが濃いのでセンちゃん埋もれがちだけど、ピラミッドの作りとか見るに結構チャレンジ的な王様だったと思うのよね。