3,000年前の貝紫染め工房、フェニキアの「高貴なる紫」生産場所の一つが見つかる

なんかちょっと面白そうな記事を見つけたのでメモがわりに。
現イスラエルのハイファ近くの遺跡Shikmonaから、貝紫染が生産されていた証拠が見つかった、という。貝紫はのちにフェニキア商人が売りさばいたことで有名で、彼らの本拠地にちなんで「ティリアン・パープル」とも呼ばれた。けれどティルスだけでなく、同時代の近くの湾岸でも貝紫染めは生産されていたようなのだ。

3,000-year-old purple dye industry revealed near Haifa
https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2019/07/3000-year-old-purple-dye-industry.html

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遺跡が最初に発掘されたのは1963年~1977年で、遺跡自体は前から知られていたが、何もないこの場所に何で町がつくられたのか、当時はよく分からなかったらしい。海岸線は岩だらけで港に向かず、周囲に農地もない。なのにやたらと壺や紡績機っぽいものが出てくる…。

その秘密が明らかになったのが最近のこと。何か紫色があるぞ? ってとこから調査したら、近代の技術によって壺の中から貝紫の成分が検出されたのだ。波の打ち寄せる岩場は港には向かなくても、貝をとるには適していたようだ。

そして羊毛や紡績機も見つかっているところからして、出てくる答えは「ここは貝紫染め工房の集落だった」ということ。フェニキア人が交易のための商品をここで作ってたのだ。

集落の謎は解け、フェニキア人の経済活動も一つ明らかになった。とても面白い発見だと思う。


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ちなみに貝紫染めに使われる巻貝は、世界各地で種類が異なっている。
日本の場合はアカニシ貝、フェニキア人は地中海産のシリアツブリガイなどを使っていたようだ。
染料の元となるのは貝の内臓の一部なので、ひとつの貝からとれる量はとても少なく、しかも すさまじく 臭い とのこと…。海沿いに工房を作らなければならなかった理由も判ろうというものだ。

参考までに
http://www.ayasilk.com/workshop/royal_purple.html

「染料にするときは布の重さの10分の1が必要なので、Tシャツの平均的な重さ1枚150グラムの布を染めるためには、15グラムの染料、貝の個数は1500〜15000個が必要になります。」とのこと。それだけの貝をとることよりも、それだけの貝を叩き割らずに開いて内臓を取り出すことのほうが辛そう。

あと貝紫の歴史はここらへんとかも
https://www.ancient.eu/Tyrian_Purple/

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