かつて「失われた技術」と言われたダマスカス鋼の秘密と、その顛末。
伝説は、いつまでも変わらず伝説で在り続けるわけではない。
科学技術の進歩によって幻から現身へと変わったものもある。ダマスカス剣の製法もその一つである。
というわけで前置きとかメンドクサイのでさくっと概要からいこう。
ダマスカス鋼の成分は既に判明していて、ダマスカス剣は現代技術だとだいたい再現可能です。
分からないのは、"それが以前と全く同じ技法であるかどうか"という部分。これは時間を遡るわけにもいかないので、証明出来ない。ただ、ほぼ同じものが再現出来ているからには、おそらくロジックの部分では合っているだろう。
その方法を紹介しているのがこちらのサイト
Mystery of Damascus Steel Swords Unveiled
https://www.mse.iastate.edu/news/john-verhoeven/
日本語で読みたければ、別冊日経サイエンスのNo.210「古代文明の輝き」をどこかで探してきて欲しい。
結論から言うと、あの縞模様は鉄に含まれる不純物がある一定の割合で含まれていることによって作られているものだったようなのだ。いわば「偶然」が産んだ技術。
●ダマスカス鋼の概要
元々はインド~スリランカ付近で作られた、ウーツ鋼。これがペルシャ世界に輸入されたものが、ダマスカス剣の原料として「ダマスカス鋼」とヨーロッパ人に呼ばれるようになった。ちなみにダマスカス鋼とかダマスカス剣とかいう名前は、十字軍の遠征でやってきたヨーロッパ人が、この剣はダマスカスで作られているものだと認識したことから名づけられている。実際にはダマスカス以外の場所で作られたものもあったかもしれない。尚、インドからウーツ鋼を輸入していた時期は3世紀~17世紀ごろであり、ウーツ鋼の輸入が止まった後、1750年ごろにはダマスカス剣の製造も行われなくなる。
以降、製造技術は失われたものとされてきた。
…のだが、どうも原因は製造技術では無かったらしい。
●ダマスカス剣が作られなくなった理由
一言でいうと、いいカンジに不純物の混じった原料が手に入らなくなったから。
実はダマスカス剣の原料となるウーツ鋼のインゴット(塊)は、不純物を含んでいた。その不純物が偶然、美しい模様を形成するのに役立っていたのである。だから原料をとる鉄鉱石の鉱山が変わって鉄に含まれる不純物の成分が変わってしまうと、ダマスカス剣は作れなくなってしまう。
判っちゃうとだいぶ悲しい理由なのだが、要するに、作り方の技術が絶えたのではなく、ウーツ鋼の成分が変わって同じものが出来なくなったのだ。同じ作り方してるのに何で作れないんだよ…と、18世紀の職人たちは頭を抱えていたに違いない。
●模様を作り出す不純物の働き
鍵となるのは、わずか0.003%含まれるバナジウム(V)であるという。同じ効果はモリブデンでも出るし、効果は劣るがクロム、ニオブ、マンガンでも縞模様が出せるという。鋼を熱したり、冷却したりすることを繰り返す鍛錬の過程で、鉄と炭素の結びつきの状態が変わっていくが、これらの不純物があることにより鉄の結晶の状態が「オーステナイト」と固い「セメンタイト」をまばらに生じさせ、その結果、明るい部分と暗い部分に分かれて縞模様に見えるようになるのだという。
●伝説と現実
ダマスカス剣が優れている、という伝説は、日本刀に対する神秘性の信仰とよく似ている。ただ、あくまで伝説なので、あまりうのみにするのもどうかと思う。っていうかそんなメチャクチャ優れてる武器だったら、それ持ってる側の勢力が圧倒的戦力で勝てるよね。
ダマスカス剣は、中世の世界の中では優れたレベルだったのかもしれないが、現代の工業用の鋼のクオリティと比べてはいけない。十字軍の時代はヨーロッパよりアラブ圏のほうが文明レベルが高いので、十字軍戦士の持っていった剣がショボすぎて、余計にダマスカス剣が素晴らしく見えたのではないかと思う。
ただ、あまり過小評価する必要もない。
理屈が判ってしまうと、なんだ幾らでも作れるんじゃないか。となるが、ここにたどり着くまでに成分分析から始まって実際の鍛造まで、研究者は何年も研究している。失われた技術とか幻とか呼ばれてきたのはダテじゃないのだ。理論で裏付けられたとはいえ、0.003%の特定の不純物が大きく関わってくるとか神秘と呼んでいい話だと思う。
<<おまけ>>
尚、「錆びない」と言われているインド・デリーの鉄柱を何故かダマスカス鋼/ウーツ鋼と同じものだとしているサイトがあるようなのだが、結論から言うと関係ない。なぜ断言できるかというと成分が全然違うからだ。
また、実際は錆びないのではなく「錆びにくい」であり、土の下に埋もれている部分は赤錆が浮き出ているのだそうだ。
錆びにくいメカニズムは実は日本の和鉄とよく似ている。腐食に結び付く赤錆を発生させないよう、黒錆で保護されているのだ。
以下は、鉄柱の作り方について言及した本からの引用。
出典元はこちら
人はどのように鉄を作ってきたか 4000年の歴史と製鉄の原理 (ブルーバックス)
多分この話、ウーツ鋼がインドから来てたってところからの連想で結びつけられたんだと思う。
科学技術の進歩によって幻から現身へと変わったものもある。ダマスカス剣の製法もその一つである。
というわけで前置きとかメンドクサイのでさくっと概要からいこう。
ダマスカス鋼の成分は既に判明していて、ダマスカス剣は現代技術だとだいたい再現可能です。
分からないのは、"それが以前と全く同じ技法であるかどうか"という部分。これは時間を遡るわけにもいかないので、証明出来ない。ただ、ほぼ同じものが再現出来ているからには、おそらくロジックの部分では合っているだろう。
その方法を紹介しているのがこちらのサイト
Mystery of Damascus Steel Swords Unveiled
https://www.mse.iastate.edu/news/john-verhoeven/
日本語で読みたければ、別冊日経サイエンスのNo.210「古代文明の輝き」をどこかで探してきて欲しい。
結論から言うと、あの縞模様は鉄に含まれる不純物がある一定の割合で含まれていることによって作られているものだったようなのだ。いわば「偶然」が産んだ技術。
●ダマスカス鋼の概要
元々はインド~スリランカ付近で作られた、ウーツ鋼。これがペルシャ世界に輸入されたものが、ダマスカス剣の原料として「ダマスカス鋼」とヨーロッパ人に呼ばれるようになった。ちなみにダマスカス鋼とかダマスカス剣とかいう名前は、十字軍の遠征でやってきたヨーロッパ人が、この剣はダマスカスで作られているものだと認識したことから名づけられている。実際にはダマスカス以外の場所で作られたものもあったかもしれない。尚、インドからウーツ鋼を輸入していた時期は3世紀~17世紀ごろであり、ウーツ鋼の輸入が止まった後、1750年ごろにはダマスカス剣の製造も行われなくなる。
以降、製造技術は失われたものとされてきた。
…のだが、どうも原因は製造技術では無かったらしい。
●ダマスカス剣が作られなくなった理由
一言でいうと、いいカンジに不純物の混じった原料が手に入らなくなったから。
実はダマスカス剣の原料となるウーツ鋼のインゴット(塊)は、不純物を含んでいた。その不純物が偶然、美しい模様を形成するのに役立っていたのである。だから原料をとる鉄鉱石の鉱山が変わって鉄に含まれる不純物の成分が変わってしまうと、ダマスカス剣は作れなくなってしまう。
判っちゃうとだいぶ悲しい理由なのだが、要するに、作り方の技術が絶えたのではなく、ウーツ鋼の成分が変わって同じものが出来なくなったのだ。同じ作り方してるのに何で作れないんだよ…と、18世紀の職人たちは頭を抱えていたに違いない。
●模様を作り出す不純物の働き
鍵となるのは、わずか0.003%含まれるバナジウム(V)であるという。同じ効果はモリブデンでも出るし、効果は劣るがクロム、ニオブ、マンガンでも縞模様が出せるという。鋼を熱したり、冷却したりすることを繰り返す鍛錬の過程で、鉄と炭素の結びつきの状態が変わっていくが、これらの不純物があることにより鉄の結晶の状態が「オーステナイト」と固い「セメンタイト」をまばらに生じさせ、その結果、明るい部分と暗い部分に分かれて縞模様に見えるようになるのだという。
●伝説と現実
ダマスカス剣が優れている、という伝説は、日本刀に対する神秘性の信仰とよく似ている。ただ、あくまで伝説なので、あまりうのみにするのもどうかと思う。っていうかそんなメチャクチャ優れてる武器だったら、それ持ってる側の勢力が圧倒的戦力で勝てるよね。
ダマスカス剣は、中世の世界の中では優れたレベルだったのかもしれないが、現代の工業用の鋼のクオリティと比べてはいけない。十字軍の時代はヨーロッパよりアラブ圏のほうが文明レベルが高いので、十字軍戦士の持っていった剣がショボすぎて、余計にダマスカス剣が素晴らしく見えたのではないかと思う。
ただ、あまり過小評価する必要もない。
理屈が判ってしまうと、なんだ幾らでも作れるんじゃないか。となるが、ここにたどり着くまでに成分分析から始まって実際の鍛造まで、研究者は何年も研究している。失われた技術とか幻とか呼ばれてきたのはダテじゃないのだ。理論で裏付けられたとはいえ、0.003%の特定の不純物が大きく関わってくるとか神秘と呼んでいい話だと思う。
<<おまけ>>
尚、「錆びない」と言われているインド・デリーの鉄柱を何故かダマスカス鋼/ウーツ鋼と同じものだとしているサイトがあるようなのだが、結論から言うと関係ない。なぜ断言できるかというと成分が全然違うからだ。
また、実際は錆びないのではなく「錆びにくい」であり、土の下に埋もれている部分は赤錆が浮き出ているのだそうだ。
錆びにくいメカニズムは実は日本の和鉄とよく似ている。腐食に結び付く赤錆を発生させないよう、黒錆で保護されているのだ。
以下は、鉄柱の作り方について言及した本からの引用。
"また、温度上昇に鉄の酸化熱を用いて高温にするため、常に鍛接面が溶融し溶融FeOが接触している。そして、溶接後すぐに凝固するので、鉄中の固溶酸素濃度は飽和状態になる。したがって、室温で分解して表面にマグネタイト皮膜を析出し、鉄柱表面は常に黒錆で覆われて保護される。"
出典元はこちら
人はどのように鉄を作ってきたか 4000年の歴史と製鉄の原理 (ブルーバックス)
多分この話、ウーツ鋼がインドから来てたってところからの連想で結びつけられたんだと思う。