エジプト・サッカラで発見されたミイラと、儀式の形骸化の過程


サッカラの階段ピラミッドの近くで発見された数十体のミイラについて、面白い記事が上がっていた。
2000年前なので、時代的に、古代エジプト王国の最後の王朝であるプトレマイオス朝の終焉~ローマ支配時代の最初、くらいのあたり。
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このあたりの時代だと、より古い時代の墓や副葬品を再利用することは珍しくなく、ピラミッドを開いてその中にミイラを入れるなど、古代の権威にすがる埋葬の仕方も見られる。ピラミッドの側に埋葬したのも、おそらく、ピラミッドという目立つ施設の側に埋葬されることにステータスを感じていたからなのだろう。
ただしミイラの処置の仕方はかなり簡略化されており、かつてのような丁寧な処置はなされていない。
そして興味深いことに、棺に書かれたヒエログリフのいくらかは、形こそ「それっぽい」ものの実際には読むことが出来ず、描いた職人は明らかに文字を読めていなかったことが分かるという。

古代エジプトの時代の風習や伝統は、ローマの支配下で少しずつ失われていく。ミイラ化の技術はもちろん、「ミイラとして埋葬する」というやり方自体も、ローマ併合から数百年後にはほとんど行われ無くなっている。理由の一つが、キリスト教では「わざわざミイラを作らなくても、そのまま埋めておけば最後の審判の時に天使が起こしてくれるから大丈夫!」という考え方だったからではないかという説がある。

今回発見されているミイラも、古来の埋葬の習慣がどんどん簡略化されていく過程にある。
過去に存在したものに似せただけで実際は意味を成さなくなってしまった棺や副葬品は、いずれ完全に消える。

このミイラたちは、「古代エジプト」が消えていこうとしている"時代の狭間"に生きていたのだと、解釈することも出来る。

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