中米の都市国家「テオティワカン」の栄枯盛衰と国策としての政治利用
テオティワカンという古代都市は、メキシコの中でも随一の観光地なので、名前を知ってる人は多いと思う。
これはそのテオティワカンを考古学的な視点から見た学術書である。一般向けのガイドブックでは神秘的、あるいは古代のイメージを前面に押し出したイメージ戦略になるが、こちらは実際の発掘に基づく歴史研究がメイン。当然といえば当然だが、ぱらっとめくって旅行ガイドとは異なる口調に少し驚く。
しかしそのギャップには、たぶん理由がある。テオティワカンは、現代のメキシコという国家の国策としてイメージ戦略に使われてきたという側面を持つ。つまり意図的に、「メキシコは偉大な古代文明を引き継いでいる」という戦略に使われているわけだ。

テオティワカン―「神々の都」の誕生と衰退― (環太平洋文明叢書)
古代世界をどう理解するか、というのは本の主題でもある。どう理解するか、その中に、現代的な打算を持って都合よく過去を利用しようとする視点があることは理解しておいたほうがいい。これはメキシコに限らず、グァテマラやホンジュラス(マヤ文明)、ペルーやチリ(アンデス文明)など、中南米の他の国でも同じことだ。著者は「国家主義的考古学」という言葉を使っているが、戦前の日本における考古学の利用と少し似たところがある。
つまりこれは作られた歴史であり、実際はそうではない。ということ。
テオティワカンに住んでいた人々と現代のメキシコ人の関連性は、現地に住む人たちのアイデンティティの意識の中で切り離されている。「過去の」栄光ある文明の象徴がテオティワカンであり、それを引き継ぐ現代のメキシコ人は「それよりも優れた現代の」文明ということになっている。
これも他の中南米地域の人たちの持つアイデンティティの意識と、よく似ている。
テオティワカンは実際のところ、マヤの隣人だがマヤではなく、都が放棄されてから約800年後にアステカ人に再利用されただけでアステカとも直接繋がっていない。おそらく都市国家と呼ぶのが妥当な存在で、近隣の他の都市とあわせて言うなれば都市国家時代を形成していると思う。
今までイメージ戦略にのっとった本は多くても、事実に基づいた学術書はあまり見かけなかったので、学ぶところは多かった。特に、この都市がどのようにして発展していったのかはかなり研究されているのに、滅亡に至る流れに定説がいまだになく、様々な説が並列しているというのは、意外な気もした。しかしそれは単にテオティワカン一都市の衰退という現象ではない。同時に「古典期の終わり」という時代の区切りにもなっている。国家の在り方や人の在り方が変わったのだろうと著者は考えているようだ。そこで起きたパラダイム・シフトの中身には自分も興味がある。果たして、巨大国家を崩壊に導くほどの価値観の変更とはいかなるものなのか。
いつかメキシコも行ってみなきゃなぁ…。
見てみたい遺跡はやまほどあるんだ…。
***
めも
これめっちゃわかりやすかった


これはそのテオティワカンを考古学的な視点から見た学術書である。一般向けのガイドブックでは神秘的、あるいは古代のイメージを前面に押し出したイメージ戦略になるが、こちらは実際の発掘に基づく歴史研究がメイン。当然といえば当然だが、ぱらっとめくって旅行ガイドとは異なる口調に少し驚く。
しかしそのギャップには、たぶん理由がある。テオティワカンは、現代のメキシコという国家の国策としてイメージ戦略に使われてきたという側面を持つ。つまり意図的に、「メキシコは偉大な古代文明を引き継いでいる」という戦略に使われているわけだ。

テオティワカン―「神々の都」の誕生と衰退― (環太平洋文明叢書)
古代世界をどう理解するか、というのは本の主題でもある。どう理解するか、その中に、現代的な打算を持って都合よく過去を利用しようとする視点があることは理解しておいたほうがいい。これはメキシコに限らず、グァテマラやホンジュラス(マヤ文明)、ペルーやチリ(アンデス文明)など、中南米の他の国でも同じことだ。著者は「国家主義的考古学」という言葉を使っているが、戦前の日本における考古学の利用と少し似たところがある。
"この「国家主義的考古学」は、メキシコ独立革命を経て、別の形へと変化する。先住民との混血が進み誕生したメスティソ階級が台頭してくると、「我々はメキシコ人」であるとの意識が高まってきた。そして、メスティソ階級を統一するために、新たなアイデンティティーが醸成された。一言で表すなら、それは古代メソアメリカ文明の都合のいい取捨選択とヨーロッパ文明の融合である。
メキシコ中央高原で栄えた古代文明の歴史を編纂する事業が開始された。テオティワカン文化からトルテカ文化へ、そしてアステカ文化へと歴史を一本化し、それらの文化に「栄光」を与えたのだ。"
つまりこれは作られた歴史であり、実際はそうではない。ということ。
テオティワカンに住んでいた人々と現代のメキシコ人の関連性は、現地に住む人たちのアイデンティティの意識の中で切り離されている。「過去の」栄光ある文明の象徴がテオティワカンであり、それを引き継ぐ現代のメキシコ人は「それよりも優れた現代の」文明ということになっている。
これも他の中南米地域の人たちの持つアイデンティティの意識と、よく似ている。
テオティワカンは実際のところ、マヤの隣人だがマヤではなく、都が放棄されてから約800年後にアステカ人に再利用されただけでアステカとも直接繋がっていない。おそらく都市国家と呼ぶのが妥当な存在で、近隣の他の都市とあわせて言うなれば都市国家時代を形成していると思う。
今までイメージ戦略にのっとった本は多くても、事実に基づいた学術書はあまり見かけなかったので、学ぶところは多かった。特に、この都市がどのようにして発展していったのかはかなり研究されているのに、滅亡に至る流れに定説がいまだになく、様々な説が並列しているというのは、意外な気もした。しかしそれは単にテオティワカン一都市の衰退という現象ではない。同時に「古典期の終わり」という時代の区切りにもなっている。国家の在り方や人の在り方が変わったのだろうと著者は考えているようだ。そこで起きたパラダイム・シフトの中身には自分も興味がある。果たして、巨大国家を崩壊に導くほどの価値観の変更とはいかなるものなのか。
いつかメキシコも行ってみなきゃなぁ…。
見てみたい遺跡はやまほどあるんだ…。
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めも
これめっちゃわかりやすかった