80年代後半~90年代、巨乳における男性と女性の意識乖離と現在の論争の関係
少し前に赤十字の献血ポスターで胸の大きな女性(マンガのキャラクター)が採用され、嫌悪感をあらわにする声の大きな一部女性が切っ掛けとなって、インターネット上でちょっとした論争になっているのを見かけた。
何かにつけて"女性を性的に見ている"と声高に叫ぶ人は限られていて、口さがない人は「糞フェミ」とか「閉経おばさん」とかバカにする。胸の大きな女性の絵を見て騒ぐのは、それなりに年配と思われる女性に多いことからそのように言われるようになったのだが、もしかするとこれは、彼女たちが若かりし頃と現在の「バスト」に関する意識の違いから来ているのではないか、と思う。
具体的には、80年代後半~90年代。
巨乳という言葉や概念は、この時代にようやく世に広がる。雑誌の表紙に飽満なバストをもつ女性が使われだすのもこのあたりだという。
バブルを挟んだこの時代、女性は、バストを「自己実現の象徴」「豊かさの実現」として扱っていたという。つまり努力してなりたい自分になる、セクシーな自分を自分で演出する、という感覚で、寄せて上げるブラジャーを買い求め、エクササイズに励んでボディを磨いていたのである。
一方で、男性は、巨乳を「性的欲望」の対象として見始める。グラビアアイドルの大きな胸に妄想し、ファンタジーの世界へ逃避していくのである。
女性は現実のバストを大きく美しくしようとするのに対し、男性は写真や絵の向こうの大きく美しいバストで満足する。
この時代、バストに対する男女の感覚は大きく乖離していたことになる。
以上は「ゆれるおっぱい、ふくらむおっぱい」という本の中の考察からの引用である。本のタイトルと表紙はふざけているが、内容は至極硬派(?)な考察が詰まっている。これを読んで自分はなるほどと思った。バブルの時期に寄せて上げるブラを必要とした女性たちは、今、40台後半から50代くらいになっているはずだ。だとすると、"巨乳の女性はセックスシンボルだ"として声高に叫んでいる人たちの年代とだいたい一致する。(インターネット上のことなので、年齢はあくまで推定だが)

ゆれるおっぱい,ふくらむおっぱい――乳房の図像と記憶
彼女たちが青春を過ごした時代とは、実際に巨乳はセックスシンボルだった時代なのだ。
さて、ここで何が問題かというと、今は2019年であり、大きなバストに対する感覚は、90年代までとは大きく異なっているということだ。つまり巨乳は既にセックスシンボルではないし、今の若い女性たちは寄せて上げるブラで他人に見せる美しいバストを作りたいと思っていない。写真や絵の中の巨乳がファンタジーであることは男女とも理解しているし、マンガやアニメで見慣れている。とりたてて騒ぐこともないありふれたキャラ付けの一種である。
現在の感覚においては、単なるキャラクターにすぎない巨乳ごときで騒ぐほうが滑稽なのである。
そもそもの根本的な考え方が違うので、これでは話が合うわけもない。
このテの話の出発点は「自分が不快に思うか、違和感があるか」という主観的な部分で、どれだけ理由や説明を重ねようと、それらは全て後付けなのだから。
だから、多少ご年配の女性たちが「巨乳は女性に対する侮辱や差別!」と騒ぎ、比較的若年の女性たちが「ただの絵じゃん」と冷めた目をするのなら、それはまさに世代の違い、ジェネレーション・ギャップというやつだ。おっぱい論者には、是非このあたりの感覚の違いを研究してもらいたい。
何かにつけて"女性を性的に見ている"と声高に叫ぶ人は限られていて、口さがない人は「糞フェミ」とか「閉経おばさん」とかバカにする。胸の大きな女性の絵を見て騒ぐのは、それなりに年配と思われる女性に多いことからそのように言われるようになったのだが、もしかするとこれは、彼女たちが若かりし頃と現在の「バスト」に関する意識の違いから来ているのではないか、と思う。
具体的には、80年代後半~90年代。
巨乳という言葉や概念は、この時代にようやく世に広がる。雑誌の表紙に飽満なバストをもつ女性が使われだすのもこのあたりだという。
バブルを挟んだこの時代、女性は、バストを「自己実現の象徴」「豊かさの実現」として扱っていたという。つまり努力してなりたい自分になる、セクシーな自分を自分で演出する、という感覚で、寄せて上げるブラジャーを買い求め、エクササイズに励んでボディを磨いていたのである。
一方で、男性は、巨乳を「性的欲望」の対象として見始める。グラビアアイドルの大きな胸に妄想し、ファンタジーの世界へ逃避していくのである。
女性は現実のバストを大きく美しくしようとするのに対し、男性は写真や絵の向こうの大きく美しいバストで満足する。
この時代、バストに対する男女の感覚は大きく乖離していたことになる。
以上は「ゆれるおっぱい、ふくらむおっぱい」という本の中の考察からの引用である。本のタイトルと表紙はふざけているが、内容は至極硬派(?)な考察が詰まっている。これを読んで自分はなるほどと思った。バブルの時期に寄せて上げるブラを必要とした女性たちは、今、40台後半から50代くらいになっているはずだ。だとすると、"巨乳の女性はセックスシンボルだ"として声高に叫んでいる人たちの年代とだいたい一致する。(インターネット上のことなので、年齢はあくまで推定だが)

ゆれるおっぱい,ふくらむおっぱい――乳房の図像と記憶
彼女たちが青春を過ごした時代とは、実際に巨乳はセックスシンボルだった時代なのだ。
さて、ここで何が問題かというと、今は2019年であり、大きなバストに対する感覚は、90年代までとは大きく異なっているということだ。つまり巨乳は既にセックスシンボルではないし、今の若い女性たちは寄せて上げるブラで他人に見せる美しいバストを作りたいと思っていない。写真や絵の中の巨乳がファンタジーであることは男女とも理解しているし、マンガやアニメで見慣れている。とりたてて騒ぐこともないありふれたキャラ付けの一種である。
現在の感覚においては、単なるキャラクターにすぎない巨乳ごときで騒ぐほうが滑稽なのである。
そもそもの根本的な考え方が違うので、これでは話が合うわけもない。
このテの話の出発点は「自分が不快に思うか、違和感があるか」という主観的な部分で、どれだけ理由や説明を重ねようと、それらは全て後付けなのだから。
だから、多少ご年配の女性たちが「巨乳は女性に対する侮辱や差別!」と騒ぎ、比較的若年の女性たちが「ただの絵じゃん」と冷めた目をするのなら、それはまさに世代の違い、ジェネレーション・ギャップというやつだ。おっぱい論者には、是非このあたりの感覚の違いを研究してもらいたい。