クノッソス宮殿に見る過去の復元(再建)の問題点を軽くまとめてみた

クレタ島のクノッソス宮殿といえば、ミノタウロスの伝説で有名な迷宮のあった宮殿、とイメージする人が多いと思う。また、現在では観光地としても有名だ。しかし今あるその宮殿は、実は忠実な再現ではない。近代にけっこう無茶なファンタジー入りで復元されてしまった、不正確なものになっている。

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――という話はあちこちに出てくるし、現地の説明パネルにも書いてあるらしいのだが、知らない人は知らない。
また、自分も実際にどのへんがファンタジーになっているのかをよく知らなかった。そこで改めて調べてみたところ、いくつかの大きな問題点が指摘されていた。



 ●壁の高さや天井の形状が分からないところに壁と天井を想像でつけてしまった。

 ●壁画の位置が実際の出土位置と違う。

 ●異なる時代の遺構を同時代のもののように復元してしまった。



分かりやすい部分としては、最も有名だと思われる「玉座の間」と呼ばれている遺構の部分だ。
ここについては、玉座と言われている石の椅子と、壁際にぐるりと配置されているベンチについては元々あったものなのだが、それ以外の壁や天井はほぼ推測で作られていて、復元というより遺構を再利用して新しく作った古代風の近代建築になってしまっている。

*これが現在のもので

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*これが発掘当時。
水盤のような石の位置も違うし、壁の部分は想像力の賜物だ。いや、ていうか、全然イメージ違う建物にされちゃってるよこれ。

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そして元々の遺跡の上に新しくこのへんの宮殿を作ってしまったということは、遺跡はその下に埋もれているということ。簡単に元に戻せなくなってしまったのだ。屋根をかけたことで元々の遺跡の保護にはなったかもしれないが、素材に鉄筋コンクリートを使うなど、やり方もまずかった。復元された1900年代初頭の知識では仕方なかったところもあるとはいえ、コンクリが老朽化しているなど、今に尾を引く問題になっているという。


復元の歴史などはこのへん参照。

Conservation vs. restoration: the Palace at Knossos (Crete)
https://www.khanacademy.org/humanities/special-topics-art-history/arches-at-risk-cultural-heritage-education-series/the-role-of-archaeology/a/conservation-vs-restoration-the-palace-at-knossos-crete


あと玉座の間の復元についての考察はこのへん。
学問的な知識の変遷もあり、破片になってしまったフレスコからの復元案は何通りもあったようだ。実際残ってない部分もかなりあるので、今の復元は類似の図像から空想で埋められている。正確を期すのであれば、「たぶんこうだろう」という部分は点線にしないといけなかったよね…。(最近の復元なら、そうするはず)

THE POWER OF IMAGES: RE-EXAMINING THE WALL PAINTINGS FROM THE THRONE ROOM AT KNOSSOS
https://www.cambridge.org/core/journals/annual-of-the-british-school-at-athens/article/power-of-images-reexamining-the-wall-paintings-from-the-throne-room-at-knossos/93E11F6E27E0265AE77C0FE050690090/core-reader

それから、以下のような指摘もある。

"考古学は何よりも解釈の学問であるが、研究者が人間である以上、解釈という営みに時代的制約が課されることは否めない。エーゲ海先史文明が発見されたのは植民地主義の時代のさなかであり、当時すでに植民地化された西アジアでは高度な古代文明の存在が明らかにされていた。エーゲ海先史文明は、その解明の当初から、植民地の宗主国にふさわしい文明であるべく、過度な期待を背負わされていたのである。<中略>クノッソス宮殿が大英帝国のウィンザー城をモデルとして過剰なまでに復元されていったのも、このような時代背景を考慮すれば最もなことだった。

「古代ギリシア 地中海への展開」学術選書"


古代ギリシア 地中海への展開―諸文明の起源〈7〉 (学術選書) - 周藤 芳幸
古代ギリシア 地中海への展開―諸文明の起源〈7〉 (学術選書) - 周藤 芳幸


というわけで現状、クノッソス宮殿は復元するつもりでそれっぽい別のものを作ってしまったテーマパークだ。
今あるあの建物群のイメージのまま古代に思いをはせるのは、あまり宜しくは無いだろう。現在までの知見を踏まえて作り直してもらいたいのだが…ギリシャさん遺跡多すぎでいつも資金不足だからなぁ…。無理かなあ…。

海外だとエヴァンズのファンが多いようで、彼の復元に問題があったと指摘されることを大変に嫌がる妙な風潮があるようなのだが、たぶんツタンカーメンの発見者のハワード・カーターをやたら持ち上げたがるのと同じ種類の身内びいき的なものを感じて微妙にモニョる。人間なのだからその時代の風潮や情勢に流されるのは致し方ないとしても、言い訳じみた援護はしなくてもいい気がするが。


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このへんの本はマジで面白くて脳汁出るやつなのでオススメ。

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