トトメス3世を「古代エジプトのナポレオン」と呼んだのは誰だったのか。まさかのあの考古学者だった
トトメス3世とは、ハトシェプスト女王の実の娘の婿(つまり、義理の息子)だった軍人王である。内政は義母のハトシェプスト、軍事遠征はトトメス3世が担当する二重王政で帝国最大版図を築き、エジプトの全盛期を作り上げた。彼の55年に及ぶ治世は、遠征先の西アジアから多くの技術や人材を取り込み、変革の時代でもあった。

https://www.nationalgeographic.com/culture/people/reference/thutmose-iii/
で、そんな彼には謎のふたつ名がある。
「古代エジプトのナポレオン」。
本によってはいきなり「いわゆる古代エジプトのナポレオンと呼ばれるトトメス3世がー」から始まり、「多くの歴史家がそう呼んだ」と書いてあるくせに、いつ誰が言い出したのか、一体どのへんがナポレオンと似ているのかも書いていない。単に他人の言ってたことを引き写しただけだからそんなことになる。
だいたいトトメス3世の一体どこがナポレオンに似ているのか。あのフランスの小男は、一気に大帝国を築いたもののまた一気に身を落とし、最後は監獄で不名誉な死を遂げるのである。あんなぽっと出の新参と、大往生した古代の偉大なファラオを一緒にされても困るんだけど! せめてナポレオン側が「フランスのトトメス3世」とか名乗れや!
と、いうわけで、最初に言いだしたの誰やねん。というのを調べに行って来た。
まず、ナポレオンが生きたのは18世紀末。それ以降に言われ出したのは間違いないことと、わざわざナポレオンと比較してるあたりどーせフランス人あたりが言い出したんだろうと見当をつける。
「古代エジプトのナポレオン」は、フランス語だと「le Napoléon de l'Égypte antique」。これで探したら…
で て き た
最初にそう呼んだのは、アメリカ生まれのエジプト学者、ジェームズ・ヘンリー・ブレステッド(James Henry Breasted)。「肥沃な三日月地帯」という名称を考案した大御所であった。フランス学者の仕業かと思ったらアメリカ人かよ! 大御所エジプト学者が言い出して定着しちゃったパターンだった…。
James Henry Breasted
https://en.wikipedia.org/wiki/James_Henry_Breasted
そして、どうやらこの二つ名の理由は、トトメス3世が軍事に優れた軍人王だったことから、のようなのだ。
ナポレオンと同じく破竹の勢いで大帝国を築いたように見える…ことから、らしいのだが、トトメス3世はナポレオンのようにあっという間にポシャったわけではないので、なんかそこで比較されるとちょっとな。
あと、こんな本もあり…。
https://books.google.co.jp/books?id=jCKU6fA8nZIC&pg=PT13&lpg=PT13&dq=James+Henry+Breasted+Napol%C3%A9on+Thutmose&source=bl&ots=GJcRI0mk95&sig=ACfU3U2Go63Y4ghaMVNjJEwXjFLCuwxtEg&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwjFvMSp9NrpAhUdxYsBHTiLBbUQ6AEwAHoECAoQAQ#v=onepage&q&f=false

「トトメス3世はナポレオンより偉大だ」←判る
「どっちかっていうと古代エジプトのアレキサンダー」←は???
いや待って
どっちにしても失礼
アレキサンダー王とか、引き際もわきまえずに前に進むことだけ考えた王様と一緒にしないでいただきたい! トトメス3世はシリアまでで引き返してますよ!! あとトトメス3世の場合、死後に急場ごしらえの帝国が分裂して後継者争いでめちゃくちゃになったりしてませんからね!!!
トトメス3世は軍事・外征だけでなく内政もキッチリやって大往生したところが優れていたと思うのですよ。そこまで加味すると比類できる王なんてそうそういないんじゃないですか? むしろ他の王がトトメス3世の威光を借りに来てほしい。「中原のトトメス3世」みたいな感じで。
https://www.nationalgeographic.com/culture/people/reference/thutmose-iii/
で、そんな彼には謎のふたつ名がある。
「古代エジプトのナポレオン」。
本によってはいきなり「いわゆる古代エジプトのナポレオンと呼ばれるトトメス3世がー」から始まり、「多くの歴史家がそう呼んだ」と書いてあるくせに、いつ誰が言い出したのか、一体どのへんがナポレオンと似ているのかも書いていない。単に他人の言ってたことを引き写しただけだからそんなことになる。
だいたいトトメス3世の一体どこがナポレオンに似ているのか。あのフランスの小男は、一気に大帝国を築いたもののまた一気に身を落とし、最後は監獄で不名誉な死を遂げるのである。あんなぽっと出の新参と、大往生した古代の偉大なファラオを一緒にされても困るんだけど! せめてナポレオン側が「フランスのトトメス3世」とか名乗れや!
と、いうわけで、最初に言いだしたの誰やねん。というのを調べに行って来た。
まず、ナポレオンが生きたのは18世紀末。それ以降に言われ出したのは間違いないことと、わざわざナポレオンと比較してるあたりどーせフランス人あたりが言い出したんだろうと見当をつける。
「古代エジプトのナポレオン」は、フランス語だと「le Napoléon de l'Égypte antique」。これで探したら…
で て き た
最初にそう呼んだのは、アメリカ生まれのエジプト学者、ジェームズ・ヘンリー・ブレステッド(James Henry Breasted)。「肥沃な三日月地帯」という名称を考案した大御所であった。フランス学者の仕業かと思ったらアメリカ人かよ! 大御所エジプト学者が言い出して定着しちゃったパターンだった…。
James Henry Breasted
https://en.wikipedia.org/wiki/James_Henry_Breasted
そして、どうやらこの二つ名の理由は、トトメス3世が軍事に優れた軍人王だったことから、のようなのだ。
ナポレオンと同じく破竹の勢いで大帝国を築いたように見える…ことから、らしいのだが、トトメス3世はナポレオンのようにあっという間にポシャったわけではないので、なんかそこで比較されるとちょっとな。
あと、こんな本もあり…。
https://books.google.co.jp/books?id=jCKU6fA8nZIC&pg=PT13&lpg=PT13&dq=James+Henry+Breasted+Napol%C3%A9on+Thutmose&source=bl&ots=GJcRI0mk95&sig=ACfU3U2Go63Y4ghaMVNjJEwXjFLCuwxtEg&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwjFvMSp9NrpAhUdxYsBHTiLBbUQ6AEwAHoECAoQAQ#v=onepage&q&f=false
「トトメス3世はナポレオンより偉大だ」←判る
「どっちかっていうと古代エジプトのアレキサンダー」←は???
いや待って
どっちにしても失礼
アレキサンダー王とか、引き際もわきまえずに前に進むことだけ考えた王様と一緒にしないでいただきたい! トトメス3世はシリアまでで引き返してますよ!! あとトトメス3世の場合、死後に急場ごしらえの帝国が分裂して後継者争いでめちゃくちゃになったりしてませんからね!!!
トトメス3世は軍事・外征だけでなく内政もキッチリやって大往生したところが優れていたと思うのですよ。そこまで加味すると比類できる王なんてそうそういないんじゃないですか? むしろ他の王がトトメス3世の威光を借りに来てほしい。「中原のトトメス3世」みたいな感じで。