【おねショタの波動】ラメセス2世の即位10年目あたりの戦争に彼の息子が参加しているわけだが。

ラメセス2世は、名前が判ってるだけで子供100越えという超子だくさんファラオである。
もちろん妻も沢山いたわけだが、子供たちが一体どういうペースで生まれていたのは謎であった。
今回、ちょっと調べてみてたのだが、碑文で8番目に書かれてる「アメンエムウイア」という王子がラメセス2世の治世9~10年目あたりのシリアのダプール攻城戦に同行しているという部分で引っかかってしまった。

ラメセス2世が即位したのが25歳ごろ。
治世9年目=34歳。

まさか10歳未満の子供を戦場に連れていくとも思えないので、初陣12歳として、その時点で王子12歳=22歳の時の子供…
そして8人目の息子…。

…ん、これ 最初の子供が生まれたの一体いつなんだ。

Sons_of_Ramesses_II.jpg

子供リスト
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_children_of_Ramesses_II


毎年ひとりずつ息子が生まれるとして、22-8=14 14歳からこづくり。
当然、娘も生まれるはずなので、20歳くらいの頃には既に15人くらいの子供がいた可能性も…。
そして、子供リストは碑文に名前が残っている人なので、生後間もなく亡くなったとか、碑文が作られた時点で亡くなっている子供は入っていない。

いや、つか、どんだけ命中率高かったとしても18で結婚して22歳までに8人息子は無理だと思うので、これたぶん15歳以下から励んでますよファラオ様。すごいぞファラオ様。年上妻のハーレムであんなことやこんなことを…! 昼間の戦場でも夜の戦場でも戦い続ける精力…ッ!

いや、うん、たぶん気づいてはいけないところに気づいてしまった。
そうかー…おねショタかー…。


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※おねショタ

お姉さんと少年のカップルを意味するスラング。何歳差からおねショタになるのかといった定義は、人により異なる。ここでは15歳未満を少年として扱っているが、古代世界においては成人年齢が低かった可能性がある。
この言葉はややアブノーマルな性的嗜好も意味しており、現代においては未成年との行為は犯罪となるが、これは古代の話なのでオッケーである。


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おまけ

ラメセス2世のいろいろデータ
http://www.moonover.jp/bekkan/chorono/farao72.htm

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