シェルパに絞られた話としては面白かった。「シェルパ」と道の人類学
第一章はなんだかよく判らんかったけど、第二章からのシェルパの実体に迫る調査は面白かったので、とりあえず全部読んでみた。
シェルパの民俗学の調査としては面白かったのだが、おそらく著者が語りたかったであろう本のテーマからすると、調査内容がだいぶ狭すぎて序章とまとめの章が噛み合ってない感じがした。

「シェルパ」と道の人類学 - 古川 不可知
そもそものテーマがよく判らなかったのは、「人と道の関係とは」とか「人にとって道とは何か」みたいな哲学的な話が最初に入っているからで、自分以外の一般人に向けて本を書くのなら、それはいきなり冒頭に置くものではなく、一番最後に置くべきだったと思う。また、取り扱っているのが「シェルパ」というヒマラヤでポーターやガイドをする職業 または民族名としての「シェルパ族」という限られた狭い範囲での話なので、「人と道の関係」ののような大きな話を語るには、見えている視点が狭すぎて違和感がある。
つまり本の内容/実際に調査された内容と、著者の語りたい「道」の話りスケール感が一致しない。
「道」について語りたいのであれば、世界中の色んな道を見てみるべきだった。
同じ高山地帯の道でもアンデスの道は全然違うだろう。また、サウジアラビアの沙漠の道、アイスランドの氷の道、中国内陸部のかつてのシルクロードから、オセアニアの海のハイウェイまで、世の中には色んな「道」の在り方があるだろう。この本の内容は、あくまで「シェルパ」という人々の見ている「ヒマラヤの」道の姿だ。
なので、この本は第二章から第六章までをシェルパの民俗学調査の本として切り出したほうが分かりやすいと思う。
あとは…なんかよくわかんなかったし自分と会わなかったんで、哲学だなぁ…そうなの…みたいな感じでだいぶ斜め読みしてしまった。
この本では、「シェルパ」と言われるのが「シェルパ族」という民族名である場合と、職業として山で観光客向けのガイドなどをしている「シェルパ」である、という話が繰り返し出てくる。観光客向けにシェルパと名乗っていても実際は別の民族であることがある(職業として名乗っているだけ)ということや、民族としてのシェルパ族の中にも、シェルパ以外の職業をしている人がたくさんいることが分かる。
また、単純に高所で荷運びをする人がシェルパなのではなく、登山技術などを持ち、職業訓練されたガイドを「シェルパ」と呼ぶようになっているため、シェルパ族に生まれて荷物運びをしていても「シェルパ」ではない、というケースもあるようだ。
高所に生まれたシェルパ族であっても、さすがにヒマラヤで登山の道具を使っての登山はいきなりは出来ないらしい。また、最近では英語など外国語を使えないとガイドが出来ないため、英会話教室などの研修があるという。
シェルパになればお金が稼げる、とか、単純な荷運びより高級な職業である、といった概念も生まれているらしい。
観光産業によってヒマヤラの暮らしが昔とはだいぶ変わってきているという話はよく聞くが、現地の人たちのアイデンティティの変化にも関わっているというのは現地調査ならではの発見だろうな、と思った。
…たぶんね、そういうシェルパの「人生」を「道」として語りたかったんだろうな、みたいなとこもちょっと感じたんだけど、書き方が哲学的すぎてイマイチ繋がってなかった(テーマに対して整理が出来ていない感じがした)っていうのがある本でした。
シェルパの民俗学の調査としては面白かったのだが、おそらく著者が語りたかったであろう本のテーマからすると、調査内容がだいぶ狭すぎて序章とまとめの章が噛み合ってない感じがした。

「シェルパ」と道の人類学 - 古川 不可知
そもそものテーマがよく判らなかったのは、「人と道の関係とは」とか「人にとって道とは何か」みたいな哲学的な話が最初に入っているからで、自分以外の一般人に向けて本を書くのなら、それはいきなり冒頭に置くものではなく、一番最後に置くべきだったと思う。また、取り扱っているのが「シェルパ」というヒマラヤでポーターやガイドをする職業 または民族名としての「シェルパ族」という限られた狭い範囲での話なので、「人と道の関係」ののような大きな話を語るには、見えている視点が狭すぎて違和感がある。
つまり本の内容/実際に調査された内容と、著者の語りたい「道」の話りスケール感が一致しない。
「道」について語りたいのであれば、世界中の色んな道を見てみるべきだった。
同じ高山地帯の道でもアンデスの道は全然違うだろう。また、サウジアラビアの沙漠の道、アイスランドの氷の道、中国内陸部のかつてのシルクロードから、オセアニアの海のハイウェイまで、世の中には色んな「道」の在り方があるだろう。この本の内容は、あくまで「シェルパ」という人々の見ている「ヒマラヤの」道の姿だ。
なので、この本は第二章から第六章までをシェルパの民俗学調査の本として切り出したほうが分かりやすいと思う。
あとは…なんかよくわかんなかったし自分と会わなかったんで、哲学だなぁ…そうなの…みたいな感じでだいぶ斜め読みしてしまった。
この本では、「シェルパ」と言われるのが「シェルパ族」という民族名である場合と、職業として山で観光客向けのガイドなどをしている「シェルパ」である、という話が繰り返し出てくる。観光客向けにシェルパと名乗っていても実際は別の民族であることがある(職業として名乗っているだけ)ということや、民族としてのシェルパ族の中にも、シェルパ以外の職業をしている人がたくさんいることが分かる。
また、単純に高所で荷運びをする人がシェルパなのではなく、登山技術などを持ち、職業訓練されたガイドを「シェルパ」と呼ぶようになっているため、シェルパ族に生まれて荷物運びをしていても「シェルパ」ではない、というケースもあるようだ。
高所に生まれたシェルパ族であっても、さすがにヒマラヤで登山の道具を使っての登山はいきなりは出来ないらしい。また、最近では英語など外国語を使えないとガイドが出来ないため、英会話教室などの研修があるという。
シェルパになればお金が稼げる、とか、単純な荷運びより高級な職業である、といった概念も生まれているらしい。
観光産業によってヒマヤラの暮らしが昔とはだいぶ変わってきているという話はよく聞くが、現地の人たちのアイデンティティの変化にも関わっているというのは現地調査ならではの発見だろうな、と思った。
…たぶんね、そういうシェルパの「人生」を「道」として語りたかったんだろうな、みたいなとこもちょっと感じたんだけど、書き方が哲学的すぎてイマイチ繋がってなかった(テーマに対して整理が出来ていない感じがした)っていうのがある本でした。