「ネフェルティティは女王として即位した」説の問題点。これを定説と考えるのはさすがにちょっとな

「ネフェルティティは女王として即位した」という説は、宗教改革を行ったアクエンテアン王とツタンカーメン王の間にいる「スメンクカラー」という王が実は女性で、ネフェルティティその人だった、というものである。
日本の先生たちでもわりと支持よりの人は多いのだが、この説には、説明されていない多くの問題点があり、今の時点では完全に否定することも肯定することも出来ない。なので、私としては積極的に支持するのは危険だと思っている。

面白い説ではあるのだが、最初にストーリーを決めてから当てはまるピースだけを選択して並べている手法なので、考慮されていない問題も多いのだ…。



●この説が今まであまり取沙汰されなかった理由

スメンクカラーが女性ではないかという説自体は、昔からあった。ネフェルティティではなく、王女の一人だったという説もあったくらいだ。しかし、王家の谷のKV55という墓で見つかった若い男性のミイラが、スメンカラーのものと思われる遺体であったこともあり、この説はあまり支持されていなかった。既に存在するアマルナ時代の男性王族ミイラがあるのに、わざわざ女性ファラオをひねるだす理由が無かったからである。



●この説が再び脚光を浴びた理由

だからシンプルに言えば、KV55の男性ミイラをアクエンテアンのものと設定変更してしまったことが、この説を「必要とするようになった」理由でもある。アクエンアテンのものとしては年齢が若すぎるため、長年スメンクカラーのものだとされてきたこのミイラを、本当にアクエンテアンと変更してしまって良いのかどうかの議論は不十分だ。というか、それを信じるしかない、という前提で突っ走っているようにしか見えない。(そしてエジプトでは外部者が自由に調査出来る環境がないため、再検証も難しい)

そもそもの話をすると、後世には王名表からも名前が消され、居なかったものとして抹消される王のミイラが、何故、王家の谷でちゃんと残っていられるのだろうか。廃棄はしないにしてもそのへんにうっちゃっておくのでは…。

また、KV55のミイラとツタンカーメンが親子関係にあるとしたDNA鑑定も、実は多数の嫌疑が出されており、確定と言うには程遠い。(当時は古代人のDNAの調査手法がまだ未熟だったことも理由の一つ) アマルナ王家に関しては、たくさんの魅力的で幻想的なストーリーが作られているが、そのほとんどは脆弱な証拠の上に積み上げられた砂上の楼閣となってしまっている。

→参考 嫌疑の内容を一部まとめてみたもの

ツタンカーメンの親子鑑定DNA解析に見る問題点(1) STR検査法とその使い方
https://55096962.seesaa.net/article/201604article_20.html



●ネフェルティティが王となった場合の問題点

最大の問題的は、「何でそんな、ややこしいことしなきゃならないの?」である。
ネフェルティティが女王をやった説をとる人たちは、ツタンカーメンがアクエンアテンの息子である、という結論も採用している。ということは、シンプルにアクエンアテンのあとはツタンカーメンが即位すれば良かっただけだ。ツタンカーメンが幼かったのであれば、かつてハトシェプストがそうしたように、共同統治者として即位すればいいのでは?

それなのに、スメンクカラー王は王女の一人を妻にしさえしている。
ということは、ネフェルティティが自分の娘の一人を「王妃」として設定したことになる。
娘にも権力を与えたかったと説明するにしても、さすがにそれは無理やりすぎない…?

さらに一般的には、アクエンアテンの始めたアテン一神教については、スメンクカラーの時代から元のアメン信仰に戻されたはじめたと考えられている。自分が権力を握って夫の信教を守りたいのです!ならともかく、逆方向なのでは…。

そして、そもそもの問題点として、ネフェルティティが王を名乗った場合、それを官僚たちが受け入れるかどうか、という話もある。
かつて女王を名乗ったハトシェプストは王族で、トトメス2世の正妻の娘であった。血統の正当性を主張でき、王家の一族というバックボーンもあったはずだ。
しかしネフェルティティは、おそらく王家出身ではない。血統の正当性も、一族のバックボーンも無い。王の妻として大きな権力を持っていたのは確かだろうが、その威光は、夫が死ねば失われる。王の妻ではなくなった彼女に、果たしてどれほどの権力があったのか。
古代エジプトの第18王朝は、官僚社会である。正当性のない前代未聞の王に、果たしてどれだけ人がついていくのだろうか。

やはりツタンカーメンを即位させておいて実権だけ握るやり方のほうが自然だし、どう考えてもそうしないと国の政治が回らなくなると思う。
当たり前の話なのに、学者さんは王室に閉じた話だけで空想ストーリー考えすぎなのでは? と思ってしまうのだ。



●もしも女王の即位説を唱えるなら、せめて続きの物語も完結させよう

だから、もしもネフェルティティが女王として即位したという説を唱えるなら、「そんな無茶をしたせいで、彼女は夫の死後は短期間で早々に退場させられたのだ」くらいは付け加えて欲しいのである。憎まれたのはアクエンアテンの急激すぎる改革だけではなく、王家を乗っ取ろうとしたとんでもない女のやらかしのせいでもある、くらいは。もしそうなら、その後、王家の血統が途絶えた後に即位するのが、王家と無関係な老廷臣や将軍になってしまった理由まで説明できるだろう。

現実はロマンだけでは語れない。生きた人間が織りなす世界だ。女王の幻想は、それによって生まれる他の人々の反発と表裏一体となる。

だから、この説の先に「女王として即位したネフェルティティの墓が王家に谷にあるはずだ」などいう話が繋がるのはおかしいのだ。ハトシェプストが、死後にその名前や像を削られ、本来予定していたのとは別の墓に埋葬されたことを思い出してほしいのだ。王家の血筋であったハトシェプストすらその扱いなのに、ネフェルティティが王としての敬意をもって埋葬されることなど在り得ただろうか。

なお、王家の谷の墓は、墓あらしされていないかどうかなど定期的に巡回して点検する場所であった。
巡回点検の記録も残っている。
…名前を消された王たちは、当然、その巡回記録に載って来ることがない。

アマルナ王朝の王たちの名前は歴史から抹消されているのだから、墓を王家の谷に作らなかった(作れなかった)か、作ったけど点検もされず放置で略奪放題だったか、どちらかになるのが自然では? ツタンカーメンの墓はたまたま谷底にあり、後世に埋もれてしまったために発見されなかったのだが、他のアマルナ王家の人々に、そのような幸運を望むことが出来るだろうか。「ツタンカーメンの墓の中に隠し部屋があって、ネフェルティティが埋葬されている」という説などは無理やり辻褄あわせしようとして爆死したようにしか見えなくて、「何でそんな面倒なことしなきゃならないの?」というそもそものツッコミが不足している。



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最初に言ったように、この説は、今の時点では完全に否定することも肯定することも出来ない。
しかし自分からしてみると「何でそんなややこしいことすんの?」というそもそもすぎるツッコミが引っかかって、ただ乏しい証拠の間でストーリー作ってるだけだよなコレ…。という感じである。

アマルナ王朝はとくにロマンをもって語られる王朝で、そこには多くのストーリーが描かれている。しかしそれらの物語の中には現実味と、舞台裏にいたはずの多くの人の存在が考慮されていないように感じられる。
そして、既に作られたストーリーの前では、当たり前にあってしかるべきツッコミが脇にどけられてしまっている。たとえばツタンカーメンをアクエンアテンの息子と設定しようとしているが、疑惑のあるDNA鑑定のほかに、そのように明記された資料が出て来ていないという点だ。碑文でアクエンアテンが一緒にいる子供は常に娘たちだからだ。だから、その理由づけのためにまた新しい「特別な」ストーリーを捻りださなくてはならなくなる。「何でそんな面倒くさいこと(ry」の繰り返しである。

専門家じゃないんで細かいところまで拾いきれないけど、逆にこの説を支持している中にお友達とかいないから、外部観点からざっくりツッコミが出来るのがうちのいいところ。まあ言いたいことは書きましたよ。
ツタンカーメンを王の嫡子としながらネフェルティティを即位させるとか、ネフェルティティが王だったことにしてさらに王としての埋葬を望むとか、欲張って面白そうな設定だけ選択して拾いすぎでしょう、としか。



乏しい証拠から壮大なストーリーを作り上げるのは作家の仕事であって、考古学者のやることではないです。



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[>おまけ
夢だけでロマンある説を唱えてしまう例とは、こういうこと。


ツタンカーメンの副葬品の鎧に使用痕があるから、戦った王だったに違いない!→その根拠はありません
https://55096962.seesaa.net/article/201804article_4.html


ツタンカーメンの墓に隠し部屋があってネフェルティティが埋葬されてる説もムチャクチャでしたね…
いやだからゆったじゃん…みたいな


ツタンカーメン狂想曲に踊った人々と眺めてた人々 「隠し部屋」報道の裏にあったものとは
https://55096962.seesaa.net/article/201605article_11.html


あとカルトゥーシュに名前入れてても実際は即位してない前例もあるので、それを根拠に使うのはちょっと無茶だと思うんです。

王女様のカルトゥーシュ。ソベクヘテプ3世の娘イウヘティブ
https://55096962.seesaa.net/article/202008article_2.html

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