理髪師の起源は古代エジプト! みたいな話を見かけたので、元ネタを集めておいた。
色んなものの起源にされる古代エジプト、今回は「最古の理髪師は古代エジプト!」かいう話を見かけたので元ネタを改めて調べてみた。
情報を整理すると、古代エジプトのより古い時代の理髪師は、そういう選任の"職業"ではなさそうだ。高貴な人や神職に対してヘアスタイルを整える役割の人たち、というのは、王に対しては重要な廷臣が、王妃に対しては侍女か側近に該当する人物だったと思われる。
ただし時代が下ると、専門職としての理髪師が登場しており、たとえば、神殿においては僧侶たち専門の剃髪役がいたようだ。
つまり、時代ごとにニュアンスが違っていた可能性がある。
ひとまず例を挙げて行こう。
●「王の理髪師」という称号を持っていた廷臣
古王国時代 第5王朝
Ty (ティ)
お墓(マスタバ)のデータ
https://www.osirisnet.net/mastabas/ty/e_ty_01.htm
サッカラのピラミッド近くに大きなマスタバ墓を作っている。古王国時代の墓としては最も有名なうちの一つだ。
これだけの墓を作れたということは、王家に近しく、宰相クラスの権力は持っていたはず。神格化された王の身体に触れられる身分、ということで、実際、側近のような立場だったのではないかと思われる。
記録の残る最古の「理髪師」の称号持ちがこの人なので、理髪師の起源は古代エジプト! という説の大元はこの人に行きつくのではないかと思うが、ヘアスタイルを整えるオシャレ要員というよりは、もっとずっと偉い人になる。
●王妃の整髪係
中王国時代 第11王朝
Innu(インヌ)
レリーフを所蔵しているブルックリン・ミュージアムの紹介ページ
https://www.brooklynmuseum.org/opencollection/objects/3568
王妃の身だしなみを整えているシーンで、三つ編みにしたウィッグのようなものを差し出している女官。
王妃を中心として、他にはアクセサリーを差し出している女官もいる場面だ。王家の墓に登場することが許されるほど親しい、重要な女官だったのだろう。この人もただの召使ではなく偉い人、あるいは側近と言っていいポジションじゃないかなと思う。
●町の床屋
中王国時代 第12王朝
ドゥアケティの訓戒(職業風刺を含む文学作品)
「教訓文学」というジャンルの作品の一つで、第12王朝に成立したとされる。
語り部のドゥアケティが息子に対し、「xxの職業はこういう理由で辛い。xxの職業も大変だ。だからしっかり勉強して書記になるように」と息子に語る内容になっている。
その中に「町の床屋は辛い」という内容が出て来る。
「床屋は夕方遅くなっても髭を剃る。しかも早くから起きて、水盤を小脇に抱えて、呼びかける。ひげを剃る人をさがして通りから通りへ歩き回るのだ。
この内容からするに、町の床屋さんは男性向けで主に髭剃りを担当していて、店を持たず歩き回って客を探していたようだ。
●神官たちの理髪師
第三中間期 第22王朝
アンクパケレド
所蔵しているルーブル美術館の紹介ページ(日本語)
https://www.louvre.fr/jp/oeuvre-notices/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%B3%E7%A5%9E%E3%81%AE%E7%90%86%E9%AB%AA%E5%B8%AB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%91%E3%82%B1%E3%83%AC%E3%83%89%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5
さらに時代は流れて、この人は神官たちの頭を剃ってた人。このあたりだと理髪師のイメージに近い。
古代エジプトの神官(僧侶)はみんな髪の毛を剃ってたので神殿には床屋さんが併設されていたらしい。この人の棺はシンプルなもので、あまりお金をかけずに一般市民の範囲で埋葬されている。特別な立場というより、ちょっと儲かってた街角の床屋さん、くらいだったのではないかと思われる。
以上、時代を追って3例ほど出してみた。
より古い時代の実例として登場するのは、王家に仕えた人々であり、現代人の感覚で言う理髪師とはちょっと違う。さすがに、王族の墓所近くに大きな墓を作っている「理髪師」を文字どおりの床屋さんとは解釈できない。なので、「四千年前の古代エジプトに理髪師がいた」とは言えない。ただし、王妃の侍女がヘアスタイルを整えている場面は残っているので、「ヘアスタイルを整える担当の人がいた」くらいは言えるかもしれない。
また、中王国時代には床屋さんはいたようだが、ヘアスタイルを整えてくれる人というよりは、鏡の無い時代にきれいに髭を剃ってくれる人、というニュアンスか。
専門的な職業としての理髪師が登場するのは、紀元前2000年の古王国時代ではなくも多分、もっと後の時代だと思う少なくとも第三中間期の頃(紀元前1000年~)には、神官さんの頭を剃る専門職らしき人はいたようだ。
なお、用語としても、王や貴族に雇われていた「理髪師」は「イル・シェン」、町の床屋さんは「シャアク(またはカアク)」として言葉が別れているようだ。
古代エジプト人が時代を通して体毛の管理にこだわり続けたことは、おそらく事実だと思う。
古代エジプトの場合、古代人の生活は主に墓からの出土品で再現される。墓からの出土品にカミソリやヘアピンが入っていれば、髪の毛や髭の処理に注意を向けていた、と認識していい。なので、理髪師の起源云々はおいといて、4000年前のオシャレについては語れると思うんだ。
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情報を整理すると、古代エジプトのより古い時代の理髪師は、そういう選任の"職業"ではなさそうだ。高貴な人や神職に対してヘアスタイルを整える役割の人たち、というのは、王に対しては重要な廷臣が、王妃に対しては侍女か側近に該当する人物だったと思われる。
ただし時代が下ると、専門職としての理髪師が登場しており、たとえば、神殿においては僧侶たち専門の剃髪役がいたようだ。
つまり、時代ごとにニュアンスが違っていた可能性がある。
ひとまず例を挙げて行こう。
●「王の理髪師」という称号を持っていた廷臣
古王国時代 第5王朝
Ty (ティ)
お墓(マスタバ)のデータ
https://www.osirisnet.net/mastabas/ty/e_ty_01.htm
サッカラのピラミッド近くに大きなマスタバ墓を作っている。古王国時代の墓としては最も有名なうちの一つだ。
これだけの墓を作れたということは、王家に近しく、宰相クラスの権力は持っていたはず。神格化された王の身体に触れられる身分、ということで、実際、側近のような立場だったのではないかと思われる。
記録の残る最古の「理髪師」の称号持ちがこの人なので、理髪師の起源は古代エジプト! という説の大元はこの人に行きつくのではないかと思うが、ヘアスタイルを整えるオシャレ要員というよりは、もっとずっと偉い人になる。
●王妃の整髪係
中王国時代 第11王朝
Innu(インヌ)
レリーフを所蔵しているブルックリン・ミュージアムの紹介ページ
https://www.brooklynmuseum.org/opencollection/objects/3568
王妃の身だしなみを整えているシーンで、三つ編みにしたウィッグのようなものを差し出している女官。
王妃を中心として、他にはアクセサリーを差し出している女官もいる場面だ。王家の墓に登場することが許されるほど親しい、重要な女官だったのだろう。この人もただの召使ではなく偉い人、あるいは側近と言っていいポジションじゃないかなと思う。
●町の床屋
中王国時代 第12王朝
ドゥアケティの訓戒(職業風刺を含む文学作品)
「教訓文学」というジャンルの作品の一つで、第12王朝に成立したとされる。
語り部のドゥアケティが息子に対し、「xxの職業はこういう理由で辛い。xxの職業も大変だ。だからしっかり勉強して書記になるように」と息子に語る内容になっている。
その中に「町の床屋は辛い」という内容が出て来る。
「床屋は夕方遅くなっても髭を剃る。しかも早くから起きて、水盤を小脇に抱えて、呼びかける。ひげを剃る人をさがして通りから通りへ歩き回るのだ。
この内容からするに、町の床屋さんは男性向けで主に髭剃りを担当していて、店を持たず歩き回って客を探していたようだ。
●神官たちの理髪師
第三中間期 第22王朝
アンクパケレド
所蔵しているルーブル美術館の紹介ページ(日本語)
https://www.louvre.fr/jp/oeuvre-notices/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%B3%E7%A5%9E%E3%81%AE%E7%90%86%E9%AB%AA%E5%B8%AB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%91%E3%82%B1%E3%83%AC%E3%83%89%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5
さらに時代は流れて、この人は神官たちの頭を剃ってた人。このあたりだと理髪師のイメージに近い。
古代エジプトの神官(僧侶)はみんな髪の毛を剃ってたので神殿には床屋さんが併設されていたらしい。この人の棺はシンプルなもので、あまりお金をかけずに一般市民の範囲で埋葬されている。特別な立場というより、ちょっと儲かってた街角の床屋さん、くらいだったのではないかと思われる。
以上、時代を追って3例ほど出してみた。
より古い時代の実例として登場するのは、王家に仕えた人々であり、現代人の感覚で言う理髪師とはちょっと違う。さすがに、王族の墓所近くに大きな墓を作っている「理髪師」を文字どおりの床屋さんとは解釈できない。なので、「四千年前の古代エジプトに理髪師がいた」とは言えない。ただし、王妃の侍女がヘアスタイルを整えている場面は残っているので、「ヘアスタイルを整える担当の人がいた」くらいは言えるかもしれない。
また、中王国時代には床屋さんはいたようだが、ヘアスタイルを整えてくれる人というよりは、鏡の無い時代にきれいに髭を剃ってくれる人、というニュアンスか。
専門的な職業としての理髪師が登場するのは、紀元前2000年の古王国時代ではなくも多分、もっと後の時代だと思う少なくとも第三中間期の頃(紀元前1000年~)には、神官さんの頭を剃る専門職らしき人はいたようだ。
なお、用語としても、王や貴族に雇われていた「理髪師」は「イル・シェン」、町の床屋さんは「シャアク(またはカアク)」として言葉が別れているようだ。
古代エジプト人が時代を通して体毛の管理にこだわり続けたことは、おそらく事実だと思う。
古代エジプトの場合、古代人の生活は主に墓からの出土品で再現される。墓からの出土品にカミソリやヘアピンが入っていれば、髪の毛や髭の処理に注意を向けていた、と認識していい。なので、理髪師の起源云々はおいといて、4000年前のオシャレについては語れると思うんだ。
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