古代エジプトに桃はないはずなのに、何故か桃が出て来る創作が時々あるな?→ギリシャ人が勘違いしてた
もともと別のことを調べようとしてたらたまたま見つけてしまったので。
表題のとおり、古代エジプトには桃はないはずなのに何故かたまに桃が出て来るな? 杏の間違いか? と思ってたんだけど、実はアカソテツの仲間と混同してたというオチであった。
調べていたのはこちら、「植物誌」、紀元前4世紀~3世紀に生きていた、テオプラストスという人物による本で、時代的におおよそ、アレクサンドロスの遠征からプトレマイオス朝の初め頃になる。

植物誌〈1〉 (西洋古典叢書) - テオプラストス, Th´eophraste, 洋子, 小川

植物誌2 (西洋古典叢書) - テオプラストス, Th´eophraste, 洋子, 小川
ここの「ペルセア木」という項目を見ると事情が分かる。
A. Prunus persica
●ギリシャには、紀元前4-3世紀頃にペルシアから桃が輸入されるようになっていた
●ギリシャ人はこれを「ペルシアのもの」という意味でペルセアーと呼んだ
●この桃は仁の部分に青酸毒があった

B. mimusops schimperi
■エジプトにも、古くから栽培されているペルセアと呼ばれる木があった(こちらはエチオピア原産でペルシアとは関係ない)
■名前が同じで見た目は似ているが、桃ではなくアカソテツで実に毒はない

ギリシャ人がAとBを混同し、エジプトの「ペルセア」はペルシアから輸入された時に毒が無くなったのだろうと解釈していたため、プトレマイオス朝の頃のギリシャ人の植物誌には「エジプトの桃」という表現が出て来ることになったのだ。
写真もないし、実物は腐りやすくて運べなかった時代、異国で見かける見慣れない「木になってるエキゾチックな赤い実」、しかも同じ名前で呼ばれている(あるいは混同された結果、同じ名前にされた可能性も)ともなれば、同じものだと勘違いしてるのは無理もないのかなぁ、と思う。
なお、テオプラストスによるペルセアー木の描写は以下になっている。
また、種がやわらかく、果肉が甘くておいしいこと、たくさん食べても問題ないということや、人々がこの木を使って彫刻や家具などを作っていることが書かれている。実際にこの木を使って作られた棺も発見されているようだ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Mimusops_laurifolia
というわけで、エジプトの桃と言われているものは、実際には桃ではない。桃は出してはいけないし、「ペルセアの実」を桃と翻訳するのもダメ。あと桃のタネを食べて中毒死するという展開も史実とは違うのだ。
ただプトレマイオス朝時代のギリシャ人なら、エジプトに生えているペルセアーの木を見て「桃だな」と勘違いするのは在り得る、というお話。
※というわけで、アサシンクリード・オリジンズでアピスが桃を食べて中毒死する展開は、ペルセア産の桃を持ち込んだことにしないと起きない事象になってしまうのである。
表題のとおり、古代エジプトには桃はないはずなのに何故かたまに桃が出て来るな? 杏の間違いか? と思ってたんだけど、実はアカソテツの仲間と混同してたというオチであった。
調べていたのはこちら、「植物誌」、紀元前4世紀~3世紀に生きていた、テオプラストスという人物による本で、時代的におおよそ、アレクサンドロスの遠征からプトレマイオス朝の初め頃になる。

植物誌〈1〉 (西洋古典叢書) - テオプラストス, Th´eophraste, 洋子, 小川

植物誌2 (西洋古典叢書) - テオプラストス, Th´eophraste, 洋子, 小川
ここの「ペルセア木」という項目を見ると事情が分かる。
A. Prunus persica
●ギリシャには、紀元前4-3世紀頃にペルシアから桃が輸入されるようになっていた
●ギリシャ人はこれを「ペルシアのもの」という意味でペルセアーと呼んだ
●この桃は仁の部分に青酸毒があった
B. mimusops schimperi
■エジプトにも、古くから栽培されているペルセアと呼ばれる木があった(こちらはエチオピア原産でペルシアとは関係ない)
■名前が同じで見た目は似ているが、桃ではなくアカソテツで実に毒はない
ギリシャ人がAとBを混同し、エジプトの「ペルセア」はペルシアから輸入された時に毒が無くなったのだろうと解釈していたため、プトレマイオス朝の頃のギリシャ人の植物誌には「エジプトの桃」という表現が出て来ることになったのだ。
写真もないし、実物は腐りやすくて運べなかった時代、異国で見かける見慣れない「木になってるエキゾチックな赤い実」、しかも同じ名前で呼ばれている(あるいは混同された結果、同じ名前にされた可能性も)ともなれば、同じものだと勘違いしてるのは無理もないのかなぁ、と思う。
なお、テオプラストスによるペルセアー木の描写は以下になっている。
"見かけは大きくて、美しく、葉も花も、枝ぶりも全体の樹形も、とくにセイヨウナシによく似ている。ただしセイヨウナシは落葉するが、この木は常緑で、たくさんの実を年中つけている。新しい実が、いつも前年の実に追いつくように実るからである。"
また、種がやわらかく、果肉が甘くておいしいこと、たくさん食べても問題ないということや、人々がこの木を使って彫刻や家具などを作っていることが書かれている。実際にこの木を使って作られた棺も発見されているようだ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Mimusops_laurifolia
というわけで、エジプトの桃と言われているものは、実際には桃ではない。桃は出してはいけないし、「ペルセアの実」を桃と翻訳するのもダメ。あと桃のタネを食べて中毒死するという展開も史実とは違うのだ。
ただプトレマイオス朝時代のギリシャ人なら、エジプトに生えているペルセアーの木を見て「桃だな」と勘違いするのは在り得る、というお話。
※というわけで、アサシンクリード・オリジンズでアピスが桃を食べて中毒死する展開は、ペルセア産の桃を持ち込んだことにしないと起きない事象になってしまうのである。