戦国の世の日本王権論『イエズス会がみた「日本国王」』

タイトルがなんか面白そうだったので手にとってみた。
この本は、有名なフランシスコ・ザビエルをはじめ、日本に布教にきたポルトガル人宣教師たちが日本で最初に出会った権力者たちは何者だったのか、どう解釈したのか。また、彼らが「レイ」や「ウォー」の単語で現したのは実際は何者だったのか、という話である。
ポルトガル人の宣教師たちは、定期的に日本での活動記録を本国に送っていたのだが、その中に「日本の政治構造はこうで、こういう国である」というような説明があり、その内容から、彼らが日本という国をどうとらえていたのかを理解する趣旨になっている。

イエズス会がみた「日本国王」: 天皇・将軍・信長・秀吉 (508) (歴史文化ライブラリー) - 和也, 松本
イエズス会がみた「日本国王」: 天皇・将軍・信長・秀吉 (508) (歴史文化ライブラリー) - 和也, 松本

これは、当時の日本が実際はどういう構造/状況だったのか、を前提として、それを異国人がどう「解釈」したのか、という話である。よって、内容に間違いとか誤認があるというのは当然で、むしろ「なぜ」そう誤認したのか、がポイントになってくる。

また、使っている単語の中身が、実際はけっこう複雑であることが面白い。
「レイ」という単語は単純に「国王」と訳されてしまうことが多いようだが、書いた側は、その一つの単語で「将軍」や「大名」を表現しているのである。宣教師たちが「レイ」と認識した存在が時代ごとに違う、これはとてもおもしろい視点。建前上は「将軍」が代表者なので、最初は「将軍」に「レイ」の単語を充てるが、実際は足利将軍にあまり権威がなく大名たちが争いあっている。とすると、大名のほうが「レイ」にふさわしいのではないか。「大名」を「レイ」とする報告書になると、日本は三十ほどの国が並立する「連邦国家」となる。

日本人からすると、日本という国は朝廷が出来てからはずっと一つのまとまりだと思っているわけで、連邦国家という視点はあまり持っていないと思う。外国人の目を通してみると、なるほど、そういう解釈もありだなーと思う。ここが面白い。

また、大名を「国王」ととらえてしまったので、その上にいる天皇に「エンペラドール」(皇帝)の単語を充てるしかなくなった事情はとても納得がいくものになっている。べつに天皇の権威を認めていたとか、日本を帝国と解釈していたわけではなく、他にいい単語を持ってなかっただけ、ともいう。(法王のような宗教的権威だけだったなら、司教のような単語でもよかったかもしれないが…。)
権力者に取り入って布教したいのに、戦国時代だと天皇も将軍も決定的な権力者じゃなくて苦心した様がわかるし、まず有力大名に取り入って、その大名の支配地で布教したのも、全国を把握している権力者がいなかったからなんだなと納得する。

なお、最後の方は王権論としての視点も出てくるので、王権マニア(いるのか?)はそこもオススメする。
日本独特の天皇/将軍(or関白)という二重権力的な構造を宣教師たちがどう理解したか、というのは面白い。実際、彼らは、日本人だと当たり前すぎて意識したこともないところに疑問を抱いていたりする。


異文化の理解には、常に「勘違い」がつきまとう。これは当たり前の話である。
ただ、その勘違いをバカにしたり、責めたりしてはいけない。なぜ「勘違い」が発生したのか、どういう方向に「勘違い」してしまったのか。
また、その勘違いとは、本当に勘違いなのか。第三者だからこそ気づけた真理のようなものを含んでいないか。

それらが、異文化間で記録された歴史史料を研究する上でのポイントなのだと思う。

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