扱ってるテーマは良いのに本の雰囲気が個人の日記「イングランド王国前史」

イングランドがまだ統一されていない時代の「七王国時代」は、知る人ぞ知る面白い時代である。
ノーサンブリア、マーシア、イーストアングリア、エセックス、ウェセックス、ケント。
サクソン人にデーン人、ウェールズ人にピクト人、ブリトン人…ローマの去った後、様々な民族がごちゃまぜになりながら英国史の基礎を作っていった時代。この時代を扱う本はそんなに無く、あってもイングランド史の一部のことが多い。それが一冊まるごと使った本があるというので、これは面白いのでは、と思って読みはじめてみたが、色んな意味で期待はずれでちょっとガッカリしてしまった…。

イングランド王国前史―アングロサクソン七王国物語 (歴史文化ライブラリー) - 桜井 俊彰
イングランド王国前史―アングロサクソン七王国物語 (歴史文化ライブラリー) - 桜井 俊彰

まず初っ端から、「ブリトン人とは何者か」というのが分かっていないのが痛い。
ブリトン人というのは基本はブリテン島の先住民で、ローマ化した人々、だと説明されていることが多い。しかし彼らは単一民族ではない。ローマ化した時点で、先住民+色んなところから来た多数の移民 になっているからである。

だいたい、海渡ればすぐヨーロッパなのだ。ノルマンからでもイベリア半島からでも人は渡ってくる。ローマ支配時代にやってきて住み着いた人、傭兵として配属されてそのまま帰らなかった人だっている。というか、既にブリトン化したゲルマン系の人たちだっている。
地方色はあったにしても、先住民=ブリトン人、アングロ・サクソン人=侵略者という単純構造にされても、そりゃ違うでしょ…としか言えない。小説ならこの設定でもまあいいけど、歴史本だとちょっと。

それと、元々ブリテン島にいた人々がケルト系だという説は、既に否定されて久しい。
最初に本が出た時点ならまだしも、重版の時に書き直しておくべきだったと思う。
ケルト人のブリテン島への大量移住は無かったし、民族の置き換わりも無かった。当然、かつてケルトの末裔されていたウェールズ人なども、あとから来た移住者の影響をあまり受けなかっただけで大陸にいたいわゆる歴史的なケルト人とは特に関係がない。
これが、現在の定説となる。

詳しくは以下の本とか

海のかなたのローマ帝国 増補新版――古代ローマとブリテン島 (世界歴史選書) - 南川 高志
海のかなたのローマ帝国 増補新版――古代ローマとブリテン島 (世界歴史選書) - 南川 高志

この記事とかを見てほしい。

「島のケルト」は「大陸のケルト」とは別モノだった。というかケルトじゃなかったという話
https://55096962.seesaa.net/article/201705article_21.html


というわけで、出発点が間違えてる(もしくは情報が古い)ので、なんだかなぁという感じ。
肝心の七王国時代の話題はベーダやギルダスの著作のショートカットだけなので、するする読めるが特にこの本で読まなくてもいいなという内容。初心者向けといえばそうかもしれないが、特に深い考察があるわけでもなく味気ない。

それより鼻につくのが、いちいち不要なたとえ話を入れて話の腰を折るところ。

「歴史と神話は混ざっているほうが面白い。歴史を目黒のさんまにしてはいけない」などと突然言い出すのだが、元の意味を知ってても言いたいことが全く分からないのである。目黒のさんま、とは、同じさんまでも調理の仕方次第で美味しくなる、という話だったはずなのだが…。そして著者の料理方法は、無理やり軽い口調の文章を入れて、高尚な歴史を庶民向けにしようとして失敗している事例になるので、自分で自分に皮肉を言っているとしか思えない。

不要な例え話は、あちこちに挿入されている日本の歴史の話で、七王国時代は戦国時代なので確かに日本の戦国時代に比してみたくなる気はわからんでもないが、ブリテン島の歴史の話をしているところに徳川家康の話なんか入れられても、テンポが悪くなるし、読んでるほうとしては話の雰囲気が壊れて興ざめするしで全然楽しくない。そういうの、面白いと思って書いてるのかもしれないけど滑ってると思う。

あと、「どっこいレドワルド、顔の半分であかんべえをしていたのです」のような、軽くイラッとする文体がしょっちゅう出てくるのもキツかった。児童書ならアリだと思うけど、そこそこ年齢層の高いだろう読者向けの本で、これは無い。親近感を抱くかというと逆効果である。


全般的に、「なんかちょっと詳しいオジサンの話を、留学時代の思い出と一緒に飲み屋で聞かされた」という感じの読後感で、歴史書っていうより歴史風エッセイ。資料には使えないし、入門書としてもあまりオススメは出来ない。(このくらいの内容なら、イングランド史の通史で七王国時代の項を読んだほうがいいのでは…)

七王国時代は、そもそも素材からして「さんま」ではなく「鯛」だと思うのだ。きちんと料理してそれぞれの部位を適した方法で調理すれば、豪華フルコース料理が出来るくらいのポテンシャルは持っていると思う。
なので誰か、そういうのに挑戦してほしい…。

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