ツタンカーメンの短剣の製法と起源を特定!というニュース→いつものツッコミ満載のやつです。

アマルナ王朝絡みでセンセーショナルなタイトルつけてくる時は大抵、とりあえず注目集めたくてタイトルつけてくるんだけど、やっぱり今回もそうだった。
あと相変わらず、ちゃんと元ネタの論文まで見てねーな…(´・ω・`)ってなったのでとりあえず解説しておくね。

■ニュースリリース

ツタンカーメンの鉄剣の製造方法と起源の特定に成功
https://www.it-chiba.ac.jp/topics/pr20220212/

千葉工大,蛍光X線でツタンカーメン短剣製法特定
https://optronics-media.com/news/20220215/76335/


■元論文
The manufacture and origin of the Tutankhamen meteoritic iron dagger
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/maps.13787

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まず、この短剣が隕鉄製であると判明したのは、本文中にあるように以前の研究による成果。今回も同様に「やっぱり隕鉄だよね」という内容になっている。
ただしエジプト考古学の常として、貴重なものを再検査する場合は必ず前回以上の成果を出さねばならない。何故か業界ルールとしてそうなってしまっている。ツタンカーメンのような有名どころのファラオにまつわる品を調査する場合、多少強引でも、盛りに盛った結論を出してくるものなのである。「必ず」。
そのせいで毎回めんどくさいツッコみをすることになるのだが、まぁ調査してる現場の人も大変なんだと思う…。


で、最初に前提となる知識のおさらいをしておきたい。
古代エジプトでは、隕鉄製品は紀元前3000年頃から既に存在する。これは板を丸く曲げてビーズにするという手法で、当時から高度な加工技術があったことが判る。

世界最古級の鉄利用:古代エジプト5千年前の鉄製ビーズを調べてみた。
https://55096962.seesaa.net/article/201606article_25.html

つまり、隕鉄製の道具であれは、わざわざ輸入しなくてもエジプト国内で普通に作れる。
これが前提であり、ツタンカーメンの短剣が隕鉄製と分かった時に、国内産だろう、とされた大きな理由である。


* * * * *

さて、当該論文の「製造方法」と「起源地」に関する内容について、それぞれ見てみよう。


・製造方法について/950度を越えない低温で作られたはず。

 →当時は鉄を融解できるほどの高温炉が存在しないので当たり前の結果。
そして製法と言ってもこれ以上詳しい内容はほとんど判っていないので、「製法が判明!」と大々的に言うほどでもないと思う。
当時使えた炉のスペック、青銅器を作るのに使った道具や技術でやるしかないのは最初から分かっていることなので。
ただ、剣に含まれる成分から700℃以上950℃以下、と細かく想定しているところは面白い。


・起源地について/金の柄の部分に微量のカルシウムが検出されている、これは柄の装飾品の接着剤として使われた物質に由来するかもしれない。硫黄が含まれていないので、lime plasterかもしれない。だとするとエジプトでは使われていない物質なのでミタンニ製かもしれない

"suggests the use of lime plaster instead of gypsum plaster as an adhesive material for decorations on the hilt."

→「かもしれない」を何段も重ねた推測のうえ、なぜそう判断したのかの根拠が無い。

まず、なぜカルシウムの出どころ候補が lime plaster と gypsum plaster だけに絞られているのかが分からなかった。他の物質候補を外した理由が不明。

次に、ただの漆喰なら、普通に古代エジプトの歴史のかなり初期の頃からある。
というか、漆喰の種類の違いを調べようと「lime plaster」で論文検索かけたら山程出てきたくらいだし、おもくそ「アマルナ王朝時代の利用について」とか出てきたので、当時エジプトで使われていませんでした! と断言される理由が不明。
そして、単純な漆喰で言えば、当然ながら墓の壁を白く塗ってるものは漆喰なので、初期から存在する。(というか、あれも日本語で「漆喰」と表現される物質なんだから、エジプト学徒勢は、一読した時点で引っかからないとダメだと思う…)


余談として、漆喰と石膏は両方「プラスター」とされるが、実際は全然別のもの。
どちらにもカルシウムが含まれるうえに、ややこしいことに石膏に消石灰を混ぜ込む手法もあるらしい。

 石膏は石膏という鉱物。硫酸カルシウム。
 天然の鉱山から採取できる天然石膏と、科学的に副生する化学石膏があり、粉に水を加えると反応して固まる。
 ギプスなんかがそう。

 漆喰は消石灰を主原料として作られるもの。水酸化カルシウム。
 水が蒸発する過程で化学反応を起こして固まる。
 主に壁を塗るのに使うもの。

なので今回の話の訳語としては「xx石膏」とか、もういっそ「xxプラスター」で出すのが妥当だったと思う。
漆喰なのか石膏なのかは別にして、カルシウムが含まれる候補に種類があるんだとすれば、まず全部出して、それぞれの加減年代並べて、成分差のリストまでつけてから特定しなきゃダメでしょw これは考古学の雑誌のほうに投稿してたらツッコミくらいまくるやつでは…。


三番目に、エジプトで新王国時代に使われていなかった物質だったとして、その物質の出どころが「なぜ」ミタンニと特定できるのかの根拠がない。

その時代の他の地域では使ってなかったの? 本当に? とか、アマルナ王朝の前後ってミタンニから大量に人が流れ込んできてて後宮だけでも数百人とか記録されてますけど、その中にミタンニの職人がいた可能性は? とか、そもそも検出量があまりに微量なカルシウムが誤差ではないと判断できるの? とか、他の可能性の潰しこみもなしに、いきなり「ミタンニから剣もらったって記録があるしきっと同じものだよ!!」って言われても、それは推測というか自分が望むストーリーに当てはめて解釈しただけに過ぎない。

ちなみにツタンカーメンの生きていた頃の時代は、ミタンニの王女が何人もエジプトに嫁いで来ていた時代だ、

第18~19王朝、王宮の中の「外国人嫁」たち~そういや彼女たちってどこ行ったんだろう、、、
https://55096962.at.webry.info/site/pc/preview/entry

外国様式の芸術品がエジプトで作られていた事例もある。色つきガラス製品とかも技術者連れてきて作らせてたと言われている。なので、ミタンニの技術です! の部分をなんとか特定出来たとしても、ミタンニで作られたのか、エジプトで作られたのかを特定することが出来ないと思われる。まあそもそもからして無理なものに結論を出そうとしている。

最初に書いたとおり、隕鉄製であれば国内でも作れる。
それをわざわざ国外から持ってきたのだと、特別に献上されたものだと言うためには、それ相応の理由をつけなくてはならないが、とてもそれが出来ているとは言えない。


論文の最後の方でさらりと付け足されているだけの部分だし、根拠データも書かれていないので、たぶん書いた本人もここは断定するのにムリがあるなと分かってたはずなのだ。それでも、多少ムリがあっても、より夢のある結論を書かなければならないのが古代エジプトというジャンルなのだ。
プレスリリースはもちろん、論文だろうが専門書だろうが、多くの目に触れるよう発表されるドキュメントからは、お約束のように盛られた「話題作りのための創作部分」「研究者の夢と願望」を差し引いておく必要がある。

このことを胸に留めていただけると幸い。



…というわけで、製法の部分は面白かったんだけど、起源云々の部分は、あと2-3本追加で論文出して補強してもらわないと、この説じゃちょっと受け入れられんね。という感じであった。
この論文出した人は悪くないけど、プレスリリースに「漆喰」って単語使った人と、エジプト専門のはずなのに「漆喰がない」という表現に疑問も持たずに流しちゃった人はちょっとトト神に叱られてきてほしい。


なお、自分は、本当に調べなきゃならなかったのは、この短剣が実用品だったのか装飾品だったのか、の観点ではないかと思う。
使用痕があるのかどうか。(研がれてたら分からんかもしれないけど…。)
黄金と宝石で装飾された短剣は、とても実用品には見えない。ツタンカーメン墓におさめられていた黄金の戦車もそうだが、墓の副葬品に戦争に関わるものが多い割に、どれも実用品に見えず、実際に使われたとしても王の威厳を示すパレードとかではないかと思う。

もし装飾品だったとすれば、この短剣は実用に足らない強度で、見た目が美しいだけだったのでは…。という気がしている。そのあたり、どうなんだろうか。

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