自然描写はどのように進化するか。「初期ギリシア芸術における自然再現」

専門書なのでやたらお硬い内容だが、言ってることはめちゃくちゃ分かる。というか自分で絵とか描いたことにある人ならやたら刺さるだろう本である。
前提として、ギリシャ芸術はメソポタミアやエジプトなど、先行する東地中海世界の芸術様式に影響を受け、基礎部分についてはほぼ同じである。そこから独自の様式を発展させていく。絵は浮き彫りから、彫像はエジプト式の直立した不動の姿から。

初期ギリシア芸術における自然再現 - エマヌエル レーヴィ, L¨owy,Emanuel, 雄介, 細井
初期ギリシア芸術における自然再現 - エマヌエル レーヴィ, L¨owy,Emanuel, 雄介, 細井

最終的に立体化された躍動感のある彫刻に至るのだが、そこまでの間どのような道を辿ったか――なのだが、まず最初に「見たものをリアルに写した絵」というものが誕生する必要がある。アフリカの岩絵では頭と胴体に手足が棒でくっついただけの棒人間みたいなものが描かれている。そこからどうリアルな見たままの世界に近づいていくか。現代風にいうと「どう画力が上がっていったか」の話がある。

目の前に見ているんだから描けるはずなのに、描けない。
これは自分で絵を描いてみればわかるのだ。知っているはずなのに、記憶の中では細部が曖昧で、覚えているように出力は出来ない。耳の中をどう描けばいいのかが分からない。
今のように写真に撮って見比べることも出来ない以上、「見たまま」を描くというのがまず、難易度が高いのだ。
そして描けるようになってきたとして、見たままというよりは慣れによるテンプレ化された「自分の記憶の中の」ものを描いてしまうのである。

最初の人物像が横から描いたものでしかないのも、人を見る時はだいたい横からになるからだ。そして動きを表現するなら横から見た姿がいちばん描きやすいのだ。

立体的な彫刻より前に2.5次元というべき浮き彫りがある。浮き彫りは正面か横から見た一方向のみの視点でいい。
しかし立体となると、3次元的にあらゆる方向からの視点を合成しなければならない。初期の彫刻がぎこちないのは、正面と側面から見た視点の合成が巧くいっていないからだという。フィギュアなどの立体を考えても、確かに3次元の表現は2次元よりかなり難しい。初期の彫刻は、ある一方向から見るのを前提としたものだという。
今のように、どの方向から見ても違和感のない人間や動物の造形物が出回るようになるまでには、人間の処理能力の進化が必要だったのだ。

話題はギリシャの話で、ギリシャは特にリアルな自然表現を目指す方向性だったからわかりやすいとも言えるが、書かれている内容は他の文化圏でもけっこう当てはまりそうな気がした。
人はどのようにして、見たままの自然界をリアルに表現する能力を手に入れていったのか。
もしかしたらこれも、人間が進化の過程で手に入れた、新たな能力の一つと言えるのかもしれない。

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