思考実験としての古代エジプト神分類:「役割」のために作られた神とそれ以外

唐突だが、よく知られている(=記録が豊富に残っている公式な)エジプト神話の神々は、人工的に作られたもの、もしくは後世に属性を整理されたものがほとんどで、「不思議なもの」に対して単純に意味づけをしたものや、自然崇拝から発生した原始的な神はほぼ残っていないよ、という話をしたい。

まずは簡単にエジプト神話の神々の分類をする。


■物体を擬人化したもの

これは、たとえば「太陽=ラー神」「天=ヌト女神」のように、世界を構成する要素を神格化したものだ。
世界の構成要素を神とすることで、科学ではなく神話から「なぜ?」の答えを出してゆくために必要となる。たとえば「太陽はなぜ毎日、東から出て西へ向かうのか」については、「太陽神ラーが船で空を横切っているから」のような神話を生み出し、理由づけをする。

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物体の神格化としては、太陽や月といった惑星や星座のほか、王の所有物である杖や王冠といった神聖なもの、山や川など、多岐にわたる。
また、土地の神格化として、各都市や町、村など自体を神として崇めている場合もある。

これらは、自分たちをとりまく世界を説明するために創作された神で、世界はどうして出来たのか、という神話ありきで構成されている。


■概念的な事象を神格化したもの

物体ではなく概念、たとえば「時間」や「暗がり」などの神格化。
分かりやすいのは、オグドアドと呼ばれている八柱神。これ以外にも、「時間」や「王権」、「運命」「秩序」など、抽象的な概念を神格化した神は多い。

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これらも、先行する概念に対して神をあてがっている。


■役割を神格化したもの

分かりやすいのは「死者の書」に登場する数多くの神々である。オシリス神の法廷で死者が裁かれる場面では、生前に行ってはならない罪が42も並べ立てられるのだが、それぞれの罪に対し「xxの罪を裁く神」という専用の神がいる。それらの神々は、ほぼその場面でしか出てこない。
死者の書の他の章でも、「xx章のこのシーンにしか出てこない」という、役割決め打ちの神々が多数、存在する。

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当然ながらこれらも、神話や教義ありきで創作された神々になる。


■有名な神をローカル化したもの

ホルス神やハトホル女神など、古くから存在し、属性を多く持つ神の場合、「xx(土地名)のホルス」のようにローカル化された派生形の神が作られることがある。
これらは、国家権力とともに国家神や主神のような概念が生まれて以降に作られたものになる。
元は別の地方神だったものが、後付で有力な神の分身ということにされた可能性もあるが、原型が残っていないため分からない。



以上、代表的なものを4種類あげてみたが、ほぼここに当てはまる。
最初に書いたとおり、整理してみると「人工的に作られたもの、もしくは後世に属性を整理されたものがほとんど」という状態だ。エジプト神話、出てくる神名が大量にあるように見えて、実際は、かなりの数の神々が「名前と役割だけ」の存在になっているのだ。

では、ここに当てはまらない神々とは何かというと、それが、たいていは、王朝初期の、まだ神話が整理されていない時代から存在した神々になる。
たとえばイシス女神やトト神、ホルス神、オシリス神など、有名所である。いずれも単純な役割や属性で語ることが難しい神々だが、それは、時代が進むごとに後付で神話や属性が付加されていったからで、神話や属性が先にあって後から名付けられたわけではないからだ。

つまりは、神話辞典に載ってる大半の神様は、信仰の実態がほとんどない。
コフィン・テキストや死者の書のような教義テキストが充実していくにつれて水増しされていった神々と言える。


古代エジプトの歴史は長い。
おそらく、「不思議なものをなんとなく崇める」のような自然発生的な神が生まれ得たのは、王朝の萌芽が生まれる紀元前3000年よりももっと前、ナイル渓谷に移住して農耕を開始する以前の時代ではないかと推定する。
農耕は、一年のサイクルをはじめ、自然界の規則をある程度知っていないと営めない。
その時点で、人間は自然界に介入する手段を知っている。人工的に神を「作る」素養も、出来ていると言えると思うのだ。

そして、エジプト神話の神々の元々も、もっと奇っ怪な姿だったのではないかと思う。
よく知られている人形に獣の頭だけ乗せたようなアレは、王朝初期の時代に成立した美術様式に沿っているだけで、ある意味で「お上品にされてから」の姿だからだ。

ほとんど名前や信仰の残っていないような原始的な神々は、柱に腕だけ生えていたり、何の動物か分からない合成獣だったりする。たぶん、そっちが本来の姿なのだと思う。