クマネズミのヨーロッパ進出はローマのせい? 古代骨のDNA解析と歴史から紐解くヒトとネズミの数奇な関係

クマネズミとは、都市部の地下に住むいわゆるドブネズミとは違い、家の天井裏や木の上など高いところに住むのを得意とする大型のネズミ。
そのクマネズミが、古代と中世に人間の活動とともにヨーロッパに進出して繁殖していたらしい、という、古代の骨からDNAを採取した研究があった。
発掘で出てきた骨の分析を軸に、これまでの歴史研究とリンクさせるという面白い方法。おそらく異論や修正点も出てくるとは思うが、人間活動とネズミの分布、そしてネズミが媒介する疫病(ここでは主に黒死病やペスト)の広まりについて、興味深い示唆を与えてくれる。

New research reveals how the black rat colonised Europe in the Roman and Medieval periods
https://www.york.ac.uk/news-and-events/news/2022/research/black-rat-europe/

元論文
Palaeogenomic analysis of black rat (Rattus rattus) reveals multiple European introductions associated with human economic history
https://www.nature.com/articles/s41467-022-30009-z

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前提として、中世に大流行した黒死病やペストは、クマネズミもしくはクマネズミにつくノミが媒介した可能性が高いとされている。
異論はあるものの、このネズミはもともとヨーロッパでは一般的ではなく、ヨーロッパへの侵入が病気の流行とリンクしている可能性については否定できないと思っている。また、現在ではドブネズミとほぼ置き換わっており、その置き換えが、ペスト収束と関係している可能性はある。

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ちなみに、クマネズミが人間と共存していたいまのところ最古の事例は南インドはメソポタミア流域で、紀元前2000年頃にはもう人間と隣合わせに存在していたとされる。
それらがヨーロッパに進出してきたのは、おそらく西南アジアからの陸路だが、もしかしたらエジプトの紅海経由で船で入ってきたルートもあったかも。とのこと。

過去のDNAの分析からは、生存範囲を広げるイベントは二度、確認されている。
一度めは紀元前2-3世紀ごろ。これはおそらく、ローマ帝国の北方進出に伴うものだと推測されている。紅海経由だとすると、この時だろう。
その後、ローマが衰退し人の流れが途絶えた関連で新たに入ってくることがなくなる。

次は中世(紀元前8世紀から10世紀ごろ)の流入だ。10世紀にはドイツまで北上しており、それ以降、14-17世紀の爆発的な黒死病の流行の時代まで生息していたはずだ、という。この時は、カロリング朝やオスマン朝による長距離移動や交易といった活動が関係している可能性がある、という。

ただし、それ以降は気候の寒冷化や、18世紀以降のドブネズミの繁殖によって数は減ってきているという。


果たして人の移動や帝国が存在するかどうかによってネズミの生息範囲なんて変わるものなのか? と疑問に思うが、他の例だと、コクゾウムシが同様に、ローマ帝国の繁栄とともにヨーロッパ各地に導入され、ローマ衰退とともに姿を消していった事例があるそうなので、意外とアリなのかもしれない。
とうかコクゾウムシの場合、各地で収集した納税用の穀物を一箇所に集積するという作業があるわけなので、確かに帝国のような一元管理する組織があったほうが全国的に広まりやすいだろう。
人間を利用して生息範囲を広げる生物にとって、ヒトとモノが長距離を移動する時代というのは便利な時代なのかもしれない。

最初にも書いたように、この研究はまだ不明瞭な時代があるし、そもそもネズミは世代交代の早い動物なのにミトコンドリアDNAのクラスター分けだけでいいの? とか、大航海時代の船旅にネズミはついていかなかったんだろうか、とか、もう少し煮詰めたほうがよさそうな箇所はある。ただ大筋としてはアリだなと思うし、視点としてはとても面白い。

人間と共存する小動物と、その動物によって媒介されるヒトの病。
ネズミの歴史は、いわば、人間の歴史の表に出てくることのない、「影の歴史」なのかもしれない。