修道院ワインの隆盛と衰退の歴史「ワインと修道院」

修道院で作られていたワイン、という切り口で、そこに集中して歴史が書かれた珍しい本。
と同時に、ヨーロッパ出身でキリスト教世界に属する人が、他の文化圏や地域を考慮せずに書くと、どこまでが範囲に含まれるのか、という限界が分かる面白い本でもある。
具体的にいうと、「エジプトの偉大なところはピラミッドと修道院制を作ったところだ」のようなサラリと挿入される一文に見えるヨーロッパ的視点の傲慢さなどである。ヨーロッパ文明の基礎となるギリシャ文明は先行するメソポタミアとエジプトに大半を負ってるんだがなぁ… とか心の中でモニョるところはあるが、まぁそれはそれとして面白い。

あと、本の中に「暗黒時代」という言葉が何度も出てくるが、この言葉は最近の人文学ではほとんど使われない。時代区分や「暗黒」の定義とは何か、という問題が出て来ているからだ。
ローマの栄光が崩壊したあとの時代はいうほど「暗黒」でもなく、統一された文化が地方ごとの色合いに分裂していくだけで、多様性という意味で見れば繁栄の時代とも言える。また、ローマが去ったあとは文化が衰退して寂れたと考えられていたブリテン島などの「辺境」が、実は文書記録があまりないだけで物質的には繁栄していたことが分かってきた、など考古学からのフィードバックもあり、この概念自体、ちょっと前のローマ至上主義なヨーロッパ的価値観とも言える。

ワインと修道院 - スアード デズモンド, Seward,Desmond, 文市, 朝倉, 竹己, 横山
ワインと修道院 - スアード デズモンド, Seward,Desmond, 文市, 朝倉, 竹己, 横山

本の中で主に取り上げられている修道会は以下。

・ベネディクト会
・シトー会
・カルトゥジア会
・騎士修道会

これらは「ベネディクト派」のような派閥として日本語になっていることもある。修道会自体は現存していても、かつてほど大量に修道院があるわけではない。(かつてはかなりの数が存在したようだが、近代になって多くが解体された。これは日本において寺社仏閣の数が中世より減らされているのとよく似た経緯)

この本を呼んで気がついたのが、キリスト教はミサなどの儀式の中でワインを必要とする、というところである。
ワインはキリストの血とされ、重要な位置を占める飲み物なのだ。だから各修道院で必要なぶんを作る必要があり、時に造りすぎて修道士が飲兵衛になってしまったりもしていた。

日本でも神道だと儀式にお酒が必要なことはあるが、べつに神社自身で日本酒を作っているわけではない。おそらく日本酒の原料となる「コメ」のほうが重要なのだと思う。(修道院のブドウ園のように神社が神田を持っているところはある)

元々は必要に応じて自給自足の一貫でワインづくりをしていたのが、予想外に成功してしまったこと。
修道士は基本的に町日決まった時間のお祈り意外は畑仕事など集団を支えるための各自の仕事をしていればいいだけなので時間があったこと。
これらが、各地の修道院で大量のワインが作られ、隆盛を誇った理由であり、同時に、「他人の喜捨で一日中ワイン飲んでる怠け者ども」と批判される原因にもなったのだ。

現在では、多くの修道院が解体されたことや、ワイン造りの技術が高まってワイナリーで大量生産されるものになったことから、修道院でのワイン造りはあまり行われていない。
ただしヨーロッパのワイン造りの歴史の中で、修道会の貢献した割合は決して低くはない。そのことが分かる内容になっていた。

おちゃけ好きな人やワイン愛飲家は履修しておくとよいかもしれない。





なお中の人はあんまフルボディの赤は好きではなく、フルーティな白か、ヴィーニョ・ヴェルデのさっぱりした味が好きでs