エバーグリーン事件は布石だった…? エジプトさん、観光産業の大打撃をスエズ運河でカバーする

スエズ運河で台湾のエバーグリーンが所有するコンテナ船が座礁したのは2021年4月のこと。
その時に「損害賠償」として多額の要求があったことは記憶に新しい。

参考
https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/07/436e13cb844937c9.html

"現地報道によると、スエズ運河庁は水路の閉鎖や救助活動などによる損害は極めて大きいとして、当初は約9億1,600万ドルの損害賠償額を見積もっていたが、その後は約6億ドルに減額して請求した。一方で、船主側は約1億5,000万ドルを提示していた。署名式典では、最終的な賠償金額や合意条件など詳細は公表されていない。"


この事件の後、少し疑問に思っていたのが、スエズ運河の通行費はエジプトのGDPにとってどのくらい重要なのか? ということだった。
主要な収入源の一つなのは間違いない。エジプトは長らく輸入超過の状態が続いており、海外で出稼ぎしている同国人からの送金と他国からの借金でなんとかやりくりしている状況だった。そして、時勢に左右されやすい観光産業は相変わらずかなりの収入の割合を占めている。

その観光産業がコロナ禍で致命的な打撃を受けていた。
にもかかわらず、エジプトは「高成長」を遂げており、かつて「アラブの春」で観光産業がほぼ死滅した時より影響が少ない、という。

観光業に打撃も、高成長の予測(エジプト)
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2021/0201/4185964878319d36.html

そこで調べてみたところ、コロナ禍の物流危機の最中に、スエズの通行料が大幅値上げされていたことが分かった。

スエズ運河の通行料、再び値上げに
https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/03/d848cd08a08ef0ca.html

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"スエズ運河の通行料収入は例年50億~60億ドル程度で、エジプトにとって重要な外貨収入源となっている。2021年には通過数が前年比12.8%増の約2万隻、通過重量が過去最高の12億7,000万トンで、過去最高の約63億ドルの収入となった。2022年は今回の通行料の値上げもあり、政府はさらなる収入の増加を見込む。"


ではここで、観光業の落ち込みと、スエズ通行料の差額を見てみよう。

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https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2021/966aea43b2aa0d32.html

最も好調だった時期の観光収入と低調だった時期の差は、38.8億ドル。観光産業が少し回復した2020年末~2021年1Qで考えると30億ドル弱の減少。
スエズ通行量が例年50億として、今年が63億、そこに今回の値上げでさらに10%とすると69.3億ドルで19.3億ドルが増加。

観光産業の減少分をスエズ通行料の値上げで2/3ほど補填できる計算になる。
あとは海外送金などでなんとかやりくりすれば、確かに経済がいきなの壊滅することもないな…というレベル。あと、言っちゃなんだけどエバーグリーン座礁の時に要求していた6億ドルが本当に支払われたんだとすれば、だいぶオイシイ補填になったよね? という感じ。
もちろん、座礁を狙って案内するなんて身代金詐欺みたいなことはしないにしても、事故った船を人質に毟り取れるだけ毟ろう、と考えるだけの理由は存在する。

ぶっちゃけスエズは、コンスタントに稼げるエジプトの生命線なのである。
そして、そこを通らないなら喜望峰をぐるっと廻らなくてはならず、燃料が高騰している今となってはふっかけられてでもスエズを使うほうが安上がりになっている。オンリーワンだからこそ出来る殿様商売、とでも言うべきか。


面白いなぁと思うのは、これ、かつてインドから香辛料を輸入するのにオスマン帝国が窓口だった頃のエジプトの立ち位置とおんなじなんである。
香辛料があまりに高いというので、ヨーロッパ諸国は自分たちでインド航路を開こうとして大航海時代に突入していった。世界は、需要さえあれば思いもかけない方向に動いていくことがある。今のエジプトさんも、スエズで永遠に吹っかけ続けるのは難しいはずなのだが…。
次の物流の歴史の転換期はいつ、どんな風に訪れるのだろうか。それはそれで、ちょっと楽しみでもある。