電子書籍は紙の本に比べてどう優れているか。「読みかえしても劣化しない」と「更新による維持」

なんだかんだ言われつつ、もはや電子書籍は一般的となり、「紙の本じゃなきゃイヤ!」という人のほうが少なくなってきた体感がある。
そんな中、ふと、電子書籍って読み返しても傷まない、ということに気づいてしまった。

いや、最初から分かってるだろって話なんだけど。
マンガでも小説でも、一回読むとページに折り目がついて紙の束がぶわっとなるじゃないですか。んで3-4回も読み返せばページがヨレたり、手垢がついたり、お茶こぼした跡がついたりするじゃん?

それがない。
電子書籍、買った時のまま傷まない。

これは図書館やマンガ喫茶のような、大人数が何度も繰り返し書籍を手にとる環境ではかなり大きな差になると思う。紙の本には耐久度がある。1000人が1000回読めば当然のようにページはヘロヘロになり、場合によっては綴じ目が怪しくなる。
本は読まれてナンボの存在だが、電子書籍は、紙の本よりも多くの人に読んでもらえる、読まれても劣化しないというメリットがあるのだ。


しかし電子書籍はいつかサービス元がなくなれば読めなくなるのでは…という心配もあるだろう。
たとえばKindle書籍は、Amazonがサービスをやめたら読めなくなるのでは? とか。ジャンプ+は集英社がサービスやめたら消えちゃうのでは? とか。
しかしこれは紙の本でも同じことである。物理の本は重版という形で新しく本を出して更新する。電子書籍はサービスを移転させて別の場所で同じデータを公開する。この違い。

そもそもの前提として、”使われる”全ての情報は、維持するには定期的な更新作業が必要なのである。
ここでいう「使われる」とは、石に刻んでタイムカプセルに入れて埋めておく、のような保管の仕方ではなく、日常的に使いながら将来に存続させるにはどうすればいいか、ということだ。

古代のパピルス本は、定期的に筆写して新しい巻物に書き写していた。それ専用の職業の人が図書館にいた。
日本のお経や、聖書のような経典だってそうだ。筆写して新しい巻物を作って維持してきた。
その時々の時代に愛蔵版を作って、愛書家の本棚に収めてもらうことで生きながらえた人気の物語もある。

電子データとしての情報も同じだ。
大昔のWimdows95の頃のExcelで作られたデータを今見るためには、データ形式を変換して引き継いでおく必要がある。
PHP3の頃に作られたシステムは今はもう動いてはいないだろう。最新のPHPに載せ替えて更新されて動いているはずだ。
YAHOO!のホームページサービスが閉鎖され、昔の個人HPの大半は見られなくなったが、別サーバに移転させるという更新作業が行われたところはまだ生き残っていて、読むことが出来る。

ちなみに、このブログのデータもサ終する旧ブログから大半を移動させてきたので、遡れば、たぶん10年か15年くらい前の記事も出てくると思う。もし私という更新者がいなければ、過去の文章はサ終とともに消えていたかもしれない。


要は、紙だろうが電子だろうが、誰かが「更新」しない限りは途絶えてしまうものなのだ。
必要だと思う誰かが居続けること、そして更新作業の手間をいとわないことが重要なのだと思う。



なお、紙データは更新するのに印刷や製本という手間を必要とするが、電子データはデータコピーだけなので更新がめちゃ楽だし誰でも出来る。将来に伝えたいとか、長く持って置きたいものほど、電子データにしておくほうが更新は楽だと思うのだ。