古代エジプト人は、どのような悪臭に悩まされていたか。記録に残りづらい民衆の暮らしの実態とは

古代エジプトの香り、というと、「クレオパトラの愛した香水」のような、良い香りを想像する人が多いと思う。
過去の博物館のイベントでも実際、香水や、乳香あたりの体験がほとんどで、変わったところで「ネコのミイラの香り」なんていうのもあったが、それも樟脳っぽい防腐剤の香りだったので、悪臭ではなかった。

しかし実際の古代人の生活はひどい悪臭に悩まされていたはずである。
…という話を読んで、なるほどと思った。

Ancient ‘smellscapes’ are wafting out of artifacts and old texts
https://www.sciencenews.org/article/ancient-smell-odor-artifacts-texts-egypt-archaeology

この記事では、ラメセス6世が即位した直後に対処しなければならなかった「ナイルデルタの腐った沼地の匂い」が最初に挙げられている。
それが本当に川の淀みから漂う悪臭だったのか、何らかの不正の比喩表現だったのかはわからないが、少なくとも悪臭は「悪」臭であり、存在することは好ましくないものとされた。

そのため、神殿のような聖域や王宮では絶えずお香が炊かれ、良い香りを常に拡散させる必要があった。お香台を手にしているファラオの姿は、あちこちの神殿で見られるものだ。

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しかし、当然ながら高価なお香を使えるのも、香水を身にまとえるのも、王侯貴族だけである。民衆の世界は常に悪臭の中にあった。
サンダル職人が皮革を柔らかくするためになめし革を作るのにも、鍛冶職人が炉を使うにも、独特の悪臭が漂っていたはずだ、という。これは最もなことだ。

そして日常的に食べるものとして、家畜を屠殺した臭い、川で釣った魚を干す臭い。
トイレなどないからそのへんで立ち小便をする。また現代でも同じだが、農村にいけばそのへんに家畜がウロウロしている。
暑い国なので人間も汗をかき、部屋の中など密閉空間は汗臭くなりがちというのもある。

民衆の世界にはびこる悪臭は、当然ながら文字記録としては残ってこない。遺物としても残らない。
墓に残された香水壺や、神殿の壁面に記された清めの香りだけでは、古代エジプト世界の実態を見ていることにはならないのだ。

悪臭は、目の前にある物的証拠や文字の中では不可視となっている「民衆の世界」に属するものだ。敢えて悪臭を再現しようとする人はいないだろうし、逆に言えば現代でも農村にいけばそれなりに近い臭いに出会えるので再現しようとする必要すらない。だが、それが古代エジプトにも「あった」ことに気づかなければ、永遠にそうだと理解出来ない。


ただ、一つだけ、古代エジプト独特かつ現代に再現できないだろう臭いがある、と思う。
それは、ナイルの増水期に水が満ちてきた畑から昇る臭い。

春先に田んぼに最初に水を張ると、しばらくの間、微かに不思議な臭いがするのだが、あれに似た「土が水を吸収してるような感じの臭い」…みたいなのが、ナイル河畔にもあったんじゃないか、と思うのだが…。
上流のスーダンあたりまでいけば、類似する臭いは嗅げるかもしれないが、エジプトのファイユームやナイルデルタでは最早難しそうだな、と思うと、ちょっと寂しくもある。