日本語の「民草」に該当する言葉、古代エジプト語ではタゲリ(鳥)を意味する「レキト」になる

日本語では一般民衆を表すのに「民草」という言葉があるが、古代エジプト語ではレキト鳥という鳥で表現する。
レキト鳥はタゲリ(学名 Vanellus vanellus)で、エジプトには渡り鳥として冬になる前に地中海を越えて大量に渡ってくる。現代でも、ナイル川沿いの緑地に多数集まっているのを見ることができる。
つまり、古代エジプトにおいて「民草」に該当する言葉は、「群鳥」あたりになると考えられる。

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これが「レキト」のヒエログリフ。手を上げているのは拝礼のポーズで、王や神を称える時にとる仕草である。
下にある半月は「全ての」を意味する文字で、上に民衆を意味するレキトの文字を載せ、拝礼のポーズを付け足すことで、「全ての民衆が拝礼している」の意味となる。神殿などでよく見かけるシンボルだ。

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で、肝心のこの鳥がなぜ民衆と結び付けられたのか、という部分。
これは調べてみてちょっとびっくりした。初期の「レキト」は、「縛られ、強制的に王に従わされるもの」だったのだ。

図としてレキト鳥が知られている事例は、最古のフォラス、スコルピオン王のメイスヘッド(儀礼的な棍棒の先につける頭部分)なのだが、上部には各町を意味する言葉とともに柱に吊るされたレキト鳥たちが並んでいる。スコルピオン王の時代にはまだエジプトが統一されておらず、メイスヘッド自体、多くの敵を打ち負かして従わせたという戦勝記念のために作られたものとも考えられているため、これは、従わせるために打ち負かした町の代表者や民衆を意味しているのだと解釈されている。

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そもそもエジプトでは、古代から現代に至るまで、渡り鳥を網でまとめて捕獲して食用にする習慣がある。
古い時代に登場するレキト鳥たちは、大抵、羽根を掴まれるか縛られるかした、人間の捕虜と同じようなポーズにされている。「民衆=従わせるもの」という思想が最初にある。

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そこからエジプト全体が統一され、王の権威が確立されて、冒頭に出したような、「全ての民衆が自発的に王を拝礼する」という図式へとつながってゆく。レキト鳥が、縛られたり踏みつけられたりすることがなくなるのは、巨大なピラミッドを建造し始めるくらいの時代からである。


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なお日本語とは逆に、古代エジプトでは、「草」が王を意味する言葉となる。
ファラオ、という王の呼び方は出どころが「旧約聖書」で、もともと、外国からエジプトの王を見て呼ぶ言葉なのだ。古代エジプト語のもともとの王の呼び名はスゲを意味する「ネスゥト」となる。

https://www.hituzi.co.jp/hituzigusa/2021/10/12/hieroglyph-23/

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しかしこれも、雨がほとんど降らず、類まれなナイルの恵みによって緑が育つエジプトの国土を考えれば、緑=豊かさ=特別なもの という、日本と逆の意味合いになる感覚も頷ける。
王である草が小鳥である民衆を守り育んでやる、という思想も、裏にはあるのかもしれない。