「ケルト」という言葉にまつわる諸々。あの記事から約5年が経ち…

この記事を書いてから、早いものでおよそ5年が経った。

「島のケルト」は「大陸のケルト」とは別モノだった。というかケルトじゃなかったという話
https://55096962.seesaa.net/article/201705article_21.html

当時はこの問題についてそれほど頭の中で整理が出来ているわけでもなかったが、その後、時間の経過とともに問題の本質がうっすらと見えて来た。

学者や専門で研究している人たちは、この問題を2000年頃には既に認識していた。

2010年頃には、アイルランドやウェールズがケルト人の末裔ではないことも、大陸側に存在していたいわゆる「ケルト」人がブリテン島に移住してきたわけではないことも、既に定説化していた。

にも関わらず、巷に溢れる誤解を解く気が一切無かった。


実際、この記事を書いてから来たクレームといえば、「いきなりケルトという言葉を置き換えるのは飛躍しすぎだと思う。長らく使われてきた言葉で愛着のある人も多い。」というものだけである。ずっと使ってきた言葉だから今後も使っていきたい、という、ただそれだけ!

…いや、それだけかい。と半笑いである。
自分の専門ジャンルであからさまな誤解が世の中に膾炙しているのを堂々と見逃すのか。

かつて古代エジプトのジャンルで、「ピラミッドは墓ではない!」とテレビのバラエティ番組で喧伝され、誤解が広まっていた時、表立ってそれを否定した専門家は見かけなかった。なのでそのへんの好事家の私がひたすら「それは間違い」と言い続ける羽目になった。
間違いだと分かっていることを見逃して、自分のジャンルなのに、間違いを広めているのも自分の同業者なのに、じっとしていられる心理は、さっぱり分からない。


「ケルト神話をケルトの言葉で呼び続けるのはどうか」という提示に対して、「ケルト人と無関係でもずっとそう呼ばれたきた以上はケルト神話でいいんだ」と言ってくる人もいたが、「ケルト」の言葉を使い続けることで誤解が生まれ続けるなら、その言葉は変更されるべきというのが自然な思考だと思う。
そこに突っかかるのは、今まで散々「ケルト」という言葉のイメージでメシを食ってきた、寄生してきた者の言い訳とも感じられる。少なくとも、学術的に誠実な態度とは感じられない。


そもそも、この記事を書いた理由は、中の人が「時間のあったときにたまたま調べたから」である。
調べなければ気づかなかった。そのくらい、一般に出回っていた本や資料には、「島のケルト」と「大陸のケルト」がつながっているのだと、大陸からケルト人が移住してきたのだと、当たり前のように書かれていた。

ここ最近出てきた本でようやく訂正が入りだしたくらいなのだが、それでも未練がましく「島には一部ケルト人が移住してきたかも…」などと書いてあったり、そもそも「ケルト語」という言語自体、ケルト人が話していたものではなく、ケルト人の移住説を元に名付けたものだという話すら出てこなかったりする。

ケルトには妖精や幻想というイメージがつきまとう。それは資料が少ないからとか、研究者が少ないためだとかいう説明がされることもある。
だが実際には、研究してる人たち自身、「ケルト」という言葉を何と定義していいか分かっていないからなのだと気づけたのが、自分にとって実に有意義な結果だった。


この問題は、単に名称の問題ではない。
研究者に、見るべきものが見えているか、という話である。

「ケルト」が何を意味する言葉なのか自分たちで定義できないから、よく似た近い時期の芸術様式を見て、あるものは「ケルト文化」だと判定し、あるものは「ゲルマン文化」だと判定するうよなことが起きる。それも、慣習によって。

その図像、ほんとにケルト固有なの? グンデストルップの大釜とガレフーズの大型角杯
https://55096962.seesaa.net/site/pc/preview/entry

↑このあたりに書いたように、「似ている」というより「元々同源」とみなしたほうが説明がスッキリする事象も多いのに、慣習に従ってお決まりのフレーズを繰り返すのは何なのか。

ことに美術様式に関しては、かつて存在した「ケルト」の枠組みに囚われている限り議論は発展しないように思われる。
「島のケルト」が幻想だった以上、アイルランドでヴァイキング来寇以前にあった文化は「ケルト文化」ではあり得ない。
北方人がくる前にあったものは島独自の文化で、北方人が押し寄せたあとに生まれた芸術様式とは、島独自の文化と北方文化がミックスされたもののはずだ。とてもシンプルな理論なのに、それが専門家の口から出てこない。



元々が民族運動に伴って生まれてきた概念、政治的な概念であった「ケルト」を、実際の歴史に当てはめようとしたのが誤りだった。
そしてこの言葉を以前どおりの意味で使い続けようとする人々のほとんどは、政治思想から切り離すことが出来ないでいるように見える。存在していてほしかった、存在しているべきだった過去の幻想に囚われて自ら霧の中にいる。

いつか幻想が終わり、霧の中から抜け出せるのか。
それとも新たなイデオロギーを生み出して、幻想を生きながらえさせようとするのか。

後者を選んだ場合は学問ジャンルとしての衰退しかないので、選ぶなら前者であってほしいものだが。