ある意味で「戦後」との決別。「天皇の歴史 神話から歴史へ」

映画をハシゴする合間の時間で本屋に入って、なんとなーく手にとってみた本。何も期待せず、あとがきだけ見て「うん、変なこと書いてないな」って感じで読み始めたのだが、これが意外にアタリだった。

天皇の歴史1 神話から歴史へ (講談社学術文庫) - 大津 透
天皇の歴史1 神話から歴史へ (講談社学術文庫) - 大津 透

タイトルのとおり、シリーズものの最初の1巻で、「神代」から「歴史期」へ移り変わるあたりをメインに取り扱っている。
具体的には記紀が編纂されたあたりの時代。つまりは6世紀末~7世紀初頭あたりの、倭国という国が日本となり、律令制度が制定され、戸籍が作られて、国家の体裁を整えていくあたりの話である。

この本の最初に戦後の反天皇家運動について書かれているあたりは、インターネット上のSNSでのやりとりなどを見ている人なら書かれていない事情も察することができると思う。
このあたりの話は、伝統的に右か左に偏りがちで、声のデカい人ほど左右どちらかの思想に偏っている。そして歴史としてではなくイデオロギーを前提において物事を語りがち、かつ自分の見解と合わないとやたら攻撃的に文句をつけてくる。Amazonの書評欄ですらそうなのだが、右からも左からも文句をつけられるならそれは真ん中ということなので、むしろ著者は誇ってもいい。


天皇制について、という重たそうな話だが、内容的にはずっと昔に学校で「日本史」として習ったことの少し詳しいおさらいとなっている。

記紀に記された天皇家の歴史は、ある部分から昔はおそらく作られたものだろうということは前提だ。実在しない天皇がいたり、家系図が恣意的に繋がれていたりする部分もある。
もちろんこれは当然のことで、文書記録が何度も再編されているうちに情報が変わっていくのは世界中どんな文書でも同じである。古代エジプトの、石に刻まれた記録だってそうだし、ユダヤ教の聖典にしろ、キリスト教のにしろ、おおよそ歴史家や歴史愛好家を名乗る人たちのうち、一言一句正しくて、歴史を正確に記録しているなどと思う人はほとんど居ないだろう。

どこまでが確実と言え、どこからが怪しいのか。
これは学説にもよるだろうが、おそらく古代日本史をやってる人にとってはよく知った話のはずで、その意味では半分くらいは「おさらい」に過ぎない。内容が薄い、知ってることしか出て来ない、と思っている人は、元々詳しいのだ。

しかし私は自国の歴史とはいえ古代についてはあまり詳しくない。
有名な「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」の文書に随の皇帝が腹を立てたのは、格下とみなされている倭国の王が、中国の皇帝と同じ「天子」を名乗ったからだ、ということさえ、この本を読んでいて知った。
なんとなく覚えていた「日没する処」を没落と読んだからという説は、根拠のない俗説だったのだ。それは単に「日出づる処」=東、「日没する処」=西、という、当時の仏教経典に則った文言なだけで、国の方角を指しているに過ぎないのだという。

してみれば、倭国の王がその後、天子ではなく「天皇」という別の尊称を持ち出した理由も分かる。中国と同格にはなれなくとも、百済や新羅など朝鮮半島のほかの属国と同等には見られたくない。そういう意味だ。

そして、「倭国」が「日本」と改められたのも、百済を支援して唐と戦って大敗し、関係が悪化した時代のあと、国号を変えることで関係をリセットしようとした可能性がある。というのも、成る程と思った。日出処、ヒノモト、という言葉は東を意味するが、「皇帝のいる国から見て東」なのだ。
言われてみれば確かに、太陽は実際には日本よりさらに東のはてから昇る。この国号は、対中国を意識してつけられた言葉なのだと理解できる。

もうひとつ、神話の時代から歴史期へと移る時代の日本において、「天皇」とは、自身が神なのではなく、つねに「神を祀る者」であったという視点も、なるほどと思った。
昭和天皇の「現人神」思想が独特のものだというのはよく知られている話だが、そもそも最初の天皇はどういう存在で、どういう風に認識されていたのかというのを、ちゃんとした歴史書で読んだことはなかった。祭儀の中心なのだ。だとすれば、現代における「象徴天皇」の位置づけともそれほど違わない。
天皇=神という権威を持っていたのは、天武天皇のカリスマによって生まれてきたもので、その時代には「実」であったが、それ以降の時代では「建前」となっていた。

これは、同じように「王=神」を建前としていた古代エジプト史を学んでいるとよく分かる。
神に等しいものと崇められたのは、未曾有の大ピラミッドを築いていた古王国時代半ばまでだ。第一中間期を経た中王国時代には、神に従属するもの、拝礼するもの、祭祀の代表者として登場するようになる。王は「神の息子」を称号としていたが、それは実というより建前のほうだった。
こう考えると、古代エジプトで言うジェセル王やクフ王が、日本史でいう天武天皇のような存在と比類することが出来てイメージしやすい。

他にも、律令制度の成り立ちの流れや、冠位十二階の実際のところなど、うっすら知っていた内容を改めておさらいすることが出来た。
まあ、普段は世界中のあちこち興味のままにつまみ食いしてるけど、たまには自国の歴史もちゃんと勉強しないとな…って感じでした。


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あとこの本、「はじめに」でいきなり奈良への愛から始まってるので、この雰囲気が気に入った! って人は読んでもるのをオススメ。

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