オアシス都市パルミラの「名の知られていない神」、匿名ではなく二つ名で呼ぶシステムだった

シリアにある都市遺跡パルミラは、オアシスの都市、かつ多種多様な人々が行き交う国際的な交易都市でもあった。
かつてISによって遺跡の目立つ部分は破壊されてしまったが、過去の発掘で回収された遺物や記録などは世界各地に残されている。そのうちの一部、碑文の解読による報告が今回のものと思われる。

Polish researcher solves mystery of Anonymous God of Palmyra
https://scienceinpoland.pap.pl/en/news/news%2C92637%2Cpolish-researcher-solves-mystery-anonymous-god-palmyra.html

内容は、かつてパルミラで信仰されていたが神名の分かっていなかった神が、旧約聖書に出てくるような「名を呼ばれない神」ではなく、実際には、「当事く知られていた二つ名のほうで呼ばれていた」だけだった、というものである。

碑文には「慈悲深き神」「宇宙の主なるお方」などとしか出てこないが、その文言自体が既にある神の「二つ名」で、当時の人々は、その言葉を見れば何という神のことを指しているかハッキリ分かったのだ。
その神とは、かつてから知られているメソポタミアの神々だった。

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もともと、ベール神殿でよく知られるパルミラの主神「ベール」はメソポタミアの神、マルドゥクが伝播して変形したものだった。
マルドゥクは主人を意味するベールという別名を持つ。また元々シリア付近には同じく主人を意味するバアルという名の神がいる。これらの概念が合体し、ベール神がパルミラの主神となった。そして独自の教義として、太陽神ヤルヒボール(ヤルヒベール)、月神アグリボール(アグリベール)の三柱神の組み合わせを最高位においていた。

そして、パルミラで多数見つかっていた神名の刻まれていない祭壇にあったものは、メソポタミアでマルドゥクの祭礼に使われる「神の二つ名」と同じものだったのだ。
かつては、ベールなどの名の知られている神のほかに「無名の神」がおり、各家庭には「無名の神」への祭壇が置かれている、と説明されていたのだが、その「無名の神」=ベールだった。というわけだ。

しかし実は、この説自体は今になって出てきたものではない。
日本語では、1985年に出版された「隊商都市パルミラ(オリエント選書)」という古い本に、「無名神の祭壇にはベール神の像に刻まれるのと同じ稲妻が刻まれることがある」「この無名神はベールのことではないかという説がある」という記述が出てくる。

昔から仮説としてあったものが、碑文の再検証によってほぼ確定した、というところになるだろうか。


気になるのは、各家庭で置くような祭壇では神の名を敢えて刻まず別名や二つ名でのみ記した、という部分に、旧約の神のような「神の名をみだりに唱えてはならない」の思想があったのかどうか、というところだ。

地域的には、その思想はあってもおかしくはない。
しかし、そもそも神の名とは、個人の名と違い元々が抽象的である。「バール/ベール」が意味する処は「主人」なので、要するに旧約聖書で言う「主」そのまんまなのだ。別に「ベール」のまま呼んでも失礼にはならんだろ、という感じである。

まぁ一般のご家庭で、そのへんに一番えらい神様の名前がばーんと刻まれてるってのは何となく気が引けるだろうし、掃除しようにも神像とかやりづらそうなので、あえて像を置かなかったのも心情的には理解できる。ヨーロッパ人なんでも聖書と結びつけたがるけど、そこはあまり深くこだわる必要ないんじゃないかな、と思った次第である。