土葬文化としてのミイラ、古代エジプトのミイラ職人と過酷なその終焉

古代エジプトのミイラは、基本的には土葬文化の一種である。

土葬とは人の体を土に埋めて埋葬する方法だ。加工して埋めるのが独特なだけで、副葬品とともに棺に入れて墓地に収める、という部分は他の地域の土葬と変わらない。しかし、埋める前にまず「遺体を防腐処理する」、「包帯で巻いて豪華な棺に入れる」などの手間が、他の土葬文化圏とは段違いに手間がかかっている。
末期王朝以降になると、それを一般庶民までやりだすのだから、全体で見ればとんでもなく葬儀に労力を使っている。

問題は、その労力が「なぜ維持出来たのか」ということだ。

elem-hist-egypt-mummies-7322c7d6.jpg


■死体の処理を完全外注する、ということ

以前、「土葬の村」という日本の土葬文化についての本を読んだ。
近年まで土葬の残っていいた村では、死者を土葬のために洗ったり棺に収めたりするのは遺族の仕事で、高齢化でそれが厳しくなったとか、葬儀社に頼んで火葬してもらうほうが楽だとかで土葬文化が廃れつつあるという話だった。

古代エジプトの場合は、土葬のための各種業者が揃っていた。
ミイラづくりも、棺や副葬品職人も、墓掘り人も。遺族は、お金を払って必要な職人を雇い、死者の遺体を引き渡すだけでコトが済んだはずである。フル外注出来るお金持ちなら、何もせず、葬儀の日に墓の前に行くだけで良かったはずだ。

要するに、古代エジプトで何千年という単位で複雑な土葬文化を維持できたのは、「外注システムが出来上がっていたから」、「埋葬にかかわる手間を誰かが肩代わりしてくれてキツくなかったから」という要素が大きいのではないか、と思うのだ。


■ミイラづくり職人の過酷さ

古代エジプトの葬儀にかかわる職人たちの中でも、ずば抜けて過酷な仕事をしているのはミイラづくり職人である。
1つの遺体に70人近くも張り付いていなくてはならない。もちろん流れ作業で仕事はしてたのだろうが、人間の死体から内臓を抜いて、丁寧に脱水していく作業である。凄まじい悪臭が漂っていただろうし、医者でいう検死を毎日やり続けているようなもので、精神的にも肉体的にもキツいものがある。
にも関わらず大量のミイラが作られたということは、この職業に就く人はいつの時代にもいたということである。

実は、ミイラづくりの手法についての研究は多くても、職人そのものに関する研究はそれほど多くない。
残っている記録もほぼ無く、研究しようがないからだと思う。

世襲制だったのか、よほど実入りが良かったのか。かつての日本でいう屠殺人のように、社会的身分の低い人が就ける職業が限られていたのでは、という説もあるが、王や貴族の遺体を賤民に任せるというのも考えにくい。
過酷な仕事なのは確実なのに、なぜミイラづくり職人がいなくならなかったのか、はちょっとした謎である。


■ミイラづくり文化の衰退と終焉について

結局のところ、一番知りたいのは「ミイラづくリ文化は、需要と供給のどちらから先に消えたのか」という部分だ。

古代エジプトのミイラづくりの風習は、競うようにして豪華になりすぎたミイラ化の過程が、やがて簡略化していき、最後にキリスト教が一般化していく過程で衰退する。内臓を抜かずに香油を塗り、包帯を巻かずに布を被せるだけで済ませ、副葬品は死者の書の重要な部分をコピーした一枚のパピルスだけ。という感じに簡略化された状態が、最後の時代だ。

宗教が変わったことにより葬儀が変化したわけだが、ことはそう単純ではない。
需要が先に衰退した場合には「複雑でお金のかかるミイラを作りたくないから」簡略化した、となるし、供給が先に衰退したのなら「ミイラづくり職人が先に減って、複雑なミイラが作れなくなったから」簡略化した、となる。
どちらが先にトリガーとなったのか。

自分は、実は供給のほうが先ではないかと思っている。
ある時代から、ミイラづくり職人のなり手がいなくなったのではないか、と。
人間はわりと保守的な生き物で、葬儀の習慣はなかなか変えたがらない。言語や風習が変わってしまってからも、埋葬習慣だけは以前のものを維持する、という現象が、考古学の世界では時々見られる。

ミイラづくり職人が減り、だんだん昔のような手間のかかる葬儀ができなくなっていく中で、同時に需要も減っていった――という流れだとすれば、死体に油だけは塗るとか、布をかけるとかいう古代のエッセンスは残しつつ簡略化していったことにも説明がつく。また、古代からの墓地をずっと使い続けているのも、仕方なく変わるところは変えて、残りは昔のまま維持しようとした痕跡のあらわれだと解釈できる。


さすがに、人間の死体を加工しづつける職業というのは、あまりに過酷だ。
ミイラづくり職人は、宗教的に尊敬を集めるような立場で、だからこそなり手もいたのではないかと思うのだ。
そして、宗教が変わって尊敬ブーストが得られなくなると消えていった。今は確たる根拠も集められないが、なんとなく、そう仮定しておきたい。