聖書に出てくるヘテ人と「ヒッタイト帝国」の違い。/時代と場所
前段はすっとばすが、旧約聖書に出てくるカナアン在住の「ヘテ人」と、古代エジプトと対立したヒッタイト帝国の「ヒッタイト人」の違いについて、ざっくりまとめておきたい。
両者はイコールではない。
系統的につながってはいるものの、イコールではないのでない。ヘテ人=ヒッタイト人の一部の末裔、くらいで認識しておくといい。
まず、ヒッタイト帝国の歴史としては紀元前1200年ごろに終了している。
これはよく知られているとおり、「海の民」と纏めて呼称されている移民・難民による混乱が決定打とされている事件。
そのあと、ヒッタイト人の末裔たちは南へ移動し、シリア北部のあたりに住み着いた。
これがシリア・ヒッタイトまたは新ヒッタイトと呼ばれている地域。

しかしこの地域はアッシリアに攻略され、最後に紀元前717年カルケミシュ陥落をもって「ヒッタイト人の国」は消滅する。わずかに地域名として「ヒッタイト人が住んだ土地」、マート・ハッティという言葉だけが残される。
国の消滅後、ヒッタイトの末裔たちは各地に離散し、その一部は旧約聖書を編纂した人々の暮らしていた地域にも住み着いたと思われる。
これが「ヘテ人」が諸民族の中の一つとして記録された理由である。
なので、「ヘテ人」はヒッタイト人の末裔ではあるものの、ヒッタイト帝国から直接つながっているわけではない。おそらく語族は同じだろうが、アナトリアで帝国を築いていた頃から500年後ともなると、かつての文化も変化し、過去の記憶も正確に伝承されていたわけではないと思われる。
現に、ヒッタイト帝国の記憶は100年前まで完全に忘れ去られており、考古学者が再発見するまでは歴史の中に埋もれていた。聖書編纂者たちも「ヘテ人」という名称しか意識していなかったのだと思われる。
というわけなので、繰り返しになるがヘテ人=ヒッタイト人、とイコールで結ぶことは出来ない。
まとめると、こういう感じ。
●古代の「ヒッタイト帝国」→アナトリアに栄えた国、紀元前1200年頃に滅びる
●旧約聖書の「ヘテ人」→ヒッタイト帝国滅亡後にシリア北部に移住し、紀元前8世紀以降に各地に離散したヒッタイト人の遠い子孫
さすがに500年離れてるとね…。
別物とまではいかなくても、かなり遠いの末裔になっちゃうんよね…。
両者はイコールではない。
系統的につながってはいるものの、イコールではないのでない。ヘテ人=ヒッタイト人の一部の末裔、くらいで認識しておくといい。
まず、ヒッタイト帝国の歴史としては紀元前1200年ごろに終了している。
これはよく知られているとおり、「海の民」と纏めて呼称されている移民・難民による混乱が決定打とされている事件。
そのあと、ヒッタイト人の末裔たちは南へ移動し、シリア北部のあたりに住み着いた。
これがシリア・ヒッタイトまたは新ヒッタイトと呼ばれている地域。
しかしこの地域はアッシリアに攻略され、最後に紀元前717年カルケミシュ陥落をもって「ヒッタイト人の国」は消滅する。わずかに地域名として「ヒッタイト人が住んだ土地」、マート・ハッティという言葉だけが残される。
国の消滅後、ヒッタイトの末裔たちは各地に離散し、その一部は旧約聖書を編纂した人々の暮らしていた地域にも住み着いたと思われる。
これが「ヘテ人」が諸民族の中の一つとして記録された理由である。
なので、「ヘテ人」はヒッタイト人の末裔ではあるものの、ヒッタイト帝国から直接つながっているわけではない。おそらく語族は同じだろうが、アナトリアで帝国を築いていた頃から500年後ともなると、かつての文化も変化し、過去の記憶も正確に伝承されていたわけではないと思われる。
現に、ヒッタイト帝国の記憶は100年前まで完全に忘れ去られており、考古学者が再発見するまでは歴史の中に埋もれていた。聖書編纂者たちも「ヘテ人」という名称しか意識していなかったのだと思われる。
というわけなので、繰り返しになるがヘテ人=ヒッタイト人、とイコールで結ぶことは出来ない。
まとめると、こういう感じ。
●古代の「ヒッタイト帝国」→アナトリアに栄えた国、紀元前1200年頃に滅びる
●旧約聖書の「ヘテ人」→ヒッタイト帝国滅亡後にシリア北部に移住し、紀元前8世紀以降に各地に離散したヒッタイト人の遠い子孫
さすがに500年離れてるとね…。
別物とまではいかなくても、かなり遠いの末裔になっちゃうんよね…。